
2025年3月26日、日本ディープラーニング協会(JDLA)主催によるイベント「JDLA Connect〜AI戦略とガバナンス〜」が開催されました。会場には、AI利活用に関わるあらゆる事業者や、AI政策に関わる産学官の関係者など、約200名が参加しました。AI技術が急速に進化する中で、社会や産業における活用とそのガバナンスのあり方について、第一線で活躍する専門家が集い、最新の知見と今後の方向性について議論が交わされました。イベント終了後には、会員企業向けの懇親会も実施され、JDLAの理事や職員と参加者が直接交流する貴重な機会となりました。
開会にあたり、JDLA専務理事の岡田隆太朗が登壇し、イベントの趣旨と協会の取り組みを紹介しました。

岡田は、「AI技術が社会に与える影響や、その戦略とガバナンスについて考える場として本イベントを開催しました」と述べ、協会の活動として、ディープラーニング技術の社会実装、人材育成、政策提言への関与などを簡潔に紹介しました。
基調講演レポート:「AI戦略とガバナンス」
登壇者:松尾 豊氏(東京大学大学院 教授 / JDLA理事長)

イベント冒頭の基調講演では、東京大学大学院教授でJDLA理事長の松尾豊氏が、世界のAI技術の動向と日本の政策的対応について講演した。中国の新興企業DeepSeekによる大規模言語モデル「DeepSeek-R1」や、OpenAIやMonica社による自律型AIエージェント、Googleの「Gemini 2.0」によるロボットの事例を紹介し、AIが知的・身体的な領域で急速に進化している現状を説明。こうした技術進展に対応するため、松尾氏が座長を務める「AI制度研究会」では、多様な専門家とともに7回にわたる議論を行い、柔軟な制度設計の必要性を提言してきた。既存の法制度を活用しつつ、新たなリスクへの対応を見据えたガバナンスが重要だと指摘。最後に、日本が強みを持つロボティクス分野では、データエコシステムの整備が競争力の鍵になると述べた。
パネルディスカッション「AI戦略とガバナンス」

基調講演に続いて行われたパネルディスカッション「AI戦略とガバナンス」には、松尾豊氏(東京大学/JDLA理事長)、江間有沙氏(東京大学/JDLA理事)、岡田陽介氏(ABEJA/JDLA理事)、竹川隆司氏(zero to one/JDLA理事)が登壇し、モデレーターの瀧口友里奈氏の進行のもと、多角的な議論が展開された。
冒頭では、松尾氏の講演で示された「リスクへの対応とイノベーションの促進は両輪」という考え方を受けて、瀧口氏が江間氏と岡田氏にそれぞれの見解を尋ねた。

最初のテーマは日本のAI法制度。

江間氏は、法制度の枠組みを持ちつつアジャイルに進めようとする日本の特徴を紹介。

岡田氏は、ガバナンスがイノベーションの後に追いつく形が現実的だと述べた。

竹川氏は、金融業界の経験を引き合いに出し、技術進展に応じた法理解と人材育成の必要性を強調した。

松尾氏は、AIの悪用リスクへの「察知力」の重要性を指摘し、迅速な対応の体制構築が求められるとした。
国際的なルール形成に関する議論では、江間氏がOECDやG7などの枠組みを説明し、日本のアプローチの独自性と国際的相互運用性の重要性に言及。岡田氏は、実務者の意見がガイドライン修正に影響した事例を紹介し、現場の声の重要性を訴えた。松尾氏は、日本の国際会議での発信力の弱さを課題として挙げ、積極的な参加を呼びかけた。
AIビジネス戦略について、岡田氏は「実証実験疲れ」に触れ、スタートアップとの連携の必要性を訴えた。松尾氏も同意し、日本はまだ「伸びしろが大きい」として、現状を前向きに捉えた。
最後に人材育成が議題に。竹川氏は、G検定やE資格の普及状況を紹介しつつ、ビジネス人材の育成が課題と指摘。岡田氏と江間氏は、実務を通じた学びと失敗を許容する文化の大切さを説いた。松尾氏は、技術職とビジネス職の双方に適した学びの道筋の整備が必要と述べ、竹川氏はJDLAの今後の人材育成制度の可能性を語って締めくくった。
「法と技術の検討委員会」記者発表

基調講演とパネルディスカッションに続き、「法と技術の検討委員会」の活動を紹介する記者発表が行われた。登壇者は、JDLA理事長の松尾豊氏、委員長の八木聡之氏、副委員長の柴山吉報氏、委員の古川直裕氏。八木氏は、委員会設立の目的を「日本におけるイノベーションの阻害要因を取り除くこと」と説明し、松尾氏も現場の過度な慎重さが新たな挑戦を妨げている現状に課題感を示した。
委員会では、企業が直面する生成AIの法的課題について議論を重ね、特に重要な3つの事例を報告書としてまとめ、公表している。また、企業からの共通課題を収集・分析する「相談窓口」も設置された。柴山氏は「個別相談ではなく、業界全体に資する見解や提言につなげていきたい」と強調。古川氏は自身の実務経験から「こうした取り組みが判断の後押しになる」と語った。登壇者らは、今後も実務課題の解消と制度整備に向けて議論を進める意向を示した。
「法と技術の検討委員会」企画セッション
JDLA Connectで行われた「法と技術の検討委員会」企画セッションでは、生成AIの活用に伴う法的・実務的な課題をめぐって、委員長の八木聡之氏、副委員長の柴山吉報氏、委員の古川直裕氏が具体的な事例をもとに議論を交わした。

冒頭、八木氏は、法と技術の検討委員会を立ち上げた背景として、「日本におけるイノベーションを阻害する要因を取り除く」必要性を挙げ、実務の現場で感じられている課題を整理・共有する重要性を強調した。

最初に取り上げられたのは、複数企業から提供されたデータをAIモデルの学習に使うことの妥当性。古川氏は、「B社以外から受けたデータをがっちゃんこして学習しても、基本的には適法とする見解が多数だが、反対意見もあり得る」と述べた上で、「これができないと困る。よくあるSaaS型AIは複数社のデータを前提にしている」と実務上の前提を説明した。

柴山氏は、法体系の違いが企業の行動にも影響することを指摘。日本ではテーマ別の成文法を中心に「やってよいこと」が明示されるのに対し、アメリカは原則(プリンシプル)ベースで、企業はリスクを取りつつ実行し、判例でルールが形成される傾向があると述べた。その違いが、AI学習に関する判断にも影響しているとし、日本では「法に触れるかもしれない」との懸念から過剰に慎重な対応を取る傾向があることを問題提起した。
続いて議論されたのは、第三者の著作物を含むデータセットの公開に関する課題。古川氏は「ChatGPTなどに日本語で質問すると微妙な回答になる。日本語データを拡充していくことが重要」と述べ、学習目的での利用は著作権法上認められるとした上で、「利用条件に違法に使わないでと書いておけば対応可能。MITライセンスやクリエイティブ・コモンズも現実的」と具体的な対処策を共有した。柴山氏も、「データセットは膨大で享受のしようがない。公開しても非享受目的と言えるのでは」と補足した。
セッションの締めくくりには、委員会が設置した「相談窓口」についても説明があった。柴山氏は「個別の法律相談ではなく、共通課題を把握し、業界のスタンダードづくりを目指す」と述べ、八木氏は「こうした法的テーマは一般の人には遠い存在。今後はこのような内容をわかりやすく伝える工夫をしていきたい」と語った。
本委員会では今後も、法律と技術の狭間にある課題を実務目線で丁寧にひもときながら、社会実装の基盤づくりに取り組んでいく。JDLAは、こうした取り組みが日本におけるAI利活用の推進に大きく寄与すると考えている。
なお、当日のイベントの様子は、JDLA公式YouTubeチャンネルにてアーカイブ配信されています。見逃した方やもう一度ご覧になりたい方は、ぜひご視聴ください。
● 開会挨拶 & 基調講演:https://youtu.be/F3JcD1vKTfQ
● 記者発表:「法と技術の検討委員会」の取り組み紹介:https://youtu.be/Y9tKiYS0iQ4
●「法と技術の検討委員会」企画セッション:https://youtu.be/u1EC-AokM5w