企業におけるデジタル人材教育の実例
続いて、大林組の倉形氏が、自社におけるデジタル人材育成の取り組みについて説明した。大林組では2022年2月にDX本部が発足。倉形氏はその中のデジタル教育課に所属し、全従業員を対象としたデジタル人材育成を牽引している。
取り組みを進める背景としては、2024年4月から建設業でも適用される「時間外労働の上限規制」に対応するための長時間労働の是正、「建設業就業者数の減少」に対応するための建設手法の見直し、そして「属人化の課題」に対応するための知識・技術の体系化と継承の課題があるという。
倉形氏
こうした課題を解決するための手段のひとつが「デジタル」で、そのためのデジタル教育施策を進めているということになります。ただ、一口に「デジタル」といっても、デジタルを作る側の人だけでは課題は解決されません。同時にデジタルを使う人たちのデジタルリテラシーを上げることが重要です。そこで当社では「デジタルを使う人」に向けた教育プログラムを進めています。
現在、大林組では、「デジタルを使う人材の育成」に向けた独自の教育プログラムを実施している。まず全従業員を、求められる行動や属性などに応じて「デジタル認知人材」「デジタル理解・活用人材」などの5タイプにわけ、それぞれが取得すべきスキルを「学習フレームワーク」にまとめている。
ただし大林組では、メンバーを選抜し強制的に教育するのではなく、あくまでも「全従業員に自発的に学んでもらう」スタイルをとっている。このため、学習を促すさまざまな工夫が必要になる。特に重要なのが、「分析の工夫」「研修の工夫」「学ぶ場の工夫」の3つだと倉形氏は強調する。
倉形氏らが「分析の工夫」として実施したのが、「データドリブンな教育」だ。これは、研修受講者を適宜モニタリングし、多角的に分析することで、次の施策に活かすというもの
倉形氏
当社は年齢別人員構成に偏りがあり、単に受講した人数の多寡を見ても次の研修につながる分析ができません。そこで従業員の所属部署や年齢構成など、いわゆる人事データと結びつけ、その年齢の何%が受講したか? といった意味のある数字で分析しています。
例えば、ある研修を行った際に、「30代の参加人数は少ないけれども、30代の20%が参加しており、参加率としては多い」といった分析まで行うことで、初めて次の研修につなげることができます。
こうした受講データや人事データに加え、動画アーカイブの視聴データなどを使った多角的な分析を行うことで、次の研修に活かせる情報を得ています。
次に倉形氏らが、「研修の工夫」として取り組んだのが、研修同士を「横にゆるくつなげる」ことだ。
倉形氏
「これは基本編の研修です。次は応用編を受けてください」といったように縦にきっちりつなげるのではなく、研修同士をゆるくつなげ、他の研修にそっと誘導する形をとっています。
例えば、当社ではデータ活用の基本を学ぶ「データ活用のいろは」という研修がありますが、研修内であるデータを使う際には、「Excelではなく、Power BIという可視化ツールを使った方が便利だ」と思ってもらえる内容をそっと組み込みます。
すると、Power BIについて学べる「はじめてのPower BI」という研修に参加してもらえる率が増えるわけですね。このように(研修同士を)シナプスのようにつなげることで、受講者をいろいろな研修に誘導するようにしています。
もう一点、「研修の工夫」として注力しているのが、研修を「自分事」として捉えてもらうことだ。建設業である大林組では、建設関連の資格取得に関する研修などは身近に感じやすいが、ITやAIのツールは自分事として捉えてもらうのが難しい。
倉形氏
そこで研修の中に、自社の業務に直結する内容を随所に盛り込むようにしました。
例えば、「ITパスポート試験」の資格取得をすすめる研修では、資格の重要性を説明した後に、自社の業務と絡む質問を10問程度出し、その場で回答してもらいます。
自分達が実際に業務で使っているツールや、自社の取り組みに関連する言葉などを登場させることで、「これは他人事じゃなくて、自分事だ」と感じながら受講してもらえるようにしたのです。
さらに、倉形氏らが「学ぶ場の工夫」として実施しているのが、実際の現場で使えるスキルを学べる「プラットフォームの提供と定着」の取り組みだ。
さまざまなスキルは、従業員が業務に活かしてこそ意味があるが、実践段階のスキルは、入門的な研修ではカバーしきれない。そこで倉形氏らは、「ここから学ぶ デジタルおおばやし」というマインド、知識、スキルを学ぶことができるポータルサイトを構築。この中で、ツールの操作などを学べるコンテンツを提供している。
倉形氏
例えば、Power BIであれば、「基本的な操作はMicrosoftのこのページの、このコンテンツを、この順番に見ると学べます」など、公式サイトなどを巧く活用して、実践段階に入った従業員が、学習の迷子にならないよう工夫しています。
実践段階にいる方は、迷子にさえならなければ自分で調べてどんどん学んでいきます。そうした人が学べる情報を随時掲載することで、個個人が自発的に興味を持ち、実践で活用していけるよう促しています。
ちなみに、3つの工夫は、それぞれ単独の工夫ではなく、相互に結びついた工夫になっています。
まず「分析の工夫」では、継続的な可視化、モニタリング、分析により学ぶ人を増やす。「研修の工夫」では、研修同士をゆるく横につなげ、かつ自分事として感じてもらい、興味の幅を広げる。さらに「学ぶ場の工夫」により、より深く学んでもらう、と。
これが、私どもが試行錯誤してたどり着いた「3つの工夫」です。