【人材育成 for DX】開催レポート #8「トップイノベーター像実現に向けた中外製薬のデジタル人財育成・風土改革の取り組み」

ゲスト:中外製薬株式会社 関沢 太郎 氏

JDLAでは、デジタル人材育成に積極的に取り組む企業から学ぶ、無料ウェビナー「人材育成 for DX」を開催しています。このセミナーでは、DX推進の鍵となるデジタル人材育成に関して、毎回企業ゲストをお招きしながら様々な実際の取り組みをご紹介。そのノウハウを紐解き、お伝えします。

2022年9月29日(木)に開催した「人材育成 for DX #8」のゲストは、中外製薬株式会社の関沢 太郎(せきざわ たろう)さん。2019年策定の3カ年の中期経営計画「IBI 21」を、定性・定量面の目標を2年間で達成し、1年前倒しで終了した中外製薬。2021年に策定された、2030年に向けた成長戦略「TOP I 2030」では、「世界最高水準の創薬の実現」と「先進的事業モデルの構築」を二つの柱とし、具体的取り組みとして、「創薬」・「開発」・「製薬」・「Value Delivery」の各バリューチェーンとそれを支える成長基盤を合わせた5つの改革を掲げています。今回は、いち早くデジタル化に取り組み、イノベーションによる社会の発展と自社の成長を追求し続ける同社の人財育成と風土改革についてお話を伺いました。

登壇者紹介

中外製薬株式会社 デジタル戦略推進部 企画グループ グループマネジャー

関沢 太郎(せきざわ たろう)氏

2007年、製薬本部に入社。製剤・医薬品分析の業務に従事。 経済同友会への出向後、経営企画部にて短・ 中期経営計画策定やデジタルへの取り組みを推進。2019年10 月より現職。

JDLA 理事/事務局長

岡田 隆太朗(おかだ りゅうたろう) [モデレーター]

2017年、ディープラーニングの産業活用促進を目的に⼀般社団法人日本ディープラーニング協会を設立し、事務局長に就任。2018年より同理事兼任。緊急時の災害支援を実⾏する、⼀般社団法人災害時緊急支援プラットフォームを設立し、事務局長として就任。コミュニティ・オーガナイザーとして、数々の場作りを展開。

人財育成と風土改革は両輪で進めるのがDX成功の鍵

まず、JDLAの岡田から本セミナーシリーズの趣旨説明とデジタル人材育成が急務であるという現状の共有のほか、DX時代のすべてのビジネスパーソンが持つべき共通リテラシー領域「Di-Lite」についてご説明。その後、関沢さんによるプレゼンテーション「トップイノベーター像実現に向けた中外製薬のデジタル人財育成・風土改革の取り組み」がスタートしました。

――関沢

がん・バイオに強みを持つ研究開発型の製薬企業である中外製薬は、成長戦略「Top I 2030」を掲げています。「世界最高水準の創薬の実現」と「先進的事業モデルの構築」を2つの柱に、全社成長戦略のキードライバーの1つとして本日の主題であるDXを明記しています。

中外製薬ではDXで目指す姿として「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」を策定し、「デジタル技術によって中外製薬のビジネスを革新し、社会を変えるヘルスケアソリューションを提供するトップイノベーターになる」ことを指針にしています。この「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」達成のための基本戦略が、「デジタル基盤の強化」「全てのバリューチェーンの効率化」「デジタルを活用した革新的な新薬創出」です。

――関沢

基本戦略の中身を詳しくご説明します。「デジタルを活用した革新的な新薬創出」では主に3つの取り組みを進めています。1つ目は、AIを活用した創薬プロセスの革新です。2つ目は、“医療業界のビッグデータ”とも呼ばれるRWD(リアルワールドデータ:日常の実臨床の中で得られる医療データの総称)・RWE(リアルワールドエビデンス:リアルワールドデータを解析して得られた科学的根拠のこと)の活用です。3つ目は、ウェアラブルデバイスなどを使ったデジタルバイオマーカー(スマートフォンやウェアラブルデバイスから得られるデータを用いて、病気の有無や治療による変化を客観的に可視化する指標)による患者さんのアウトカムの可視化です。

医薬品業界の特徴として1つのグローバル医薬品を世に出すために、2500億円以上の投資、10年以上の長い開発期間がかかること、開発の成功確率が0.004%と非常に低いことがあげられます。中外製薬ではデジタルの活用によりこれらのプロセスのコストを減らし、期間を短縮しつつ、成功確率を向上させることで、患者さんに貢献をしていきます。

また「全てのバリューチェーン効率化」では、治験のデジタル化、スマートプラント、顧客インターフェース改革を進めています。そして、これらを実現するための「デジタル基盤の強化」として、ハード面の整備と併せて、ソフト面で人財育成や風土改革にも取り組んでいます。

ただし、こういったビジョンや戦略を作ったからといって、すぐにDXが進むわけではありません。DX推進の上で最も重要なことは、DXの全社ごと化です。まず、トップのリーダーシップによって「会社をDXによって変えていくんだ」という発信を行います。そして、それを明確化したビジョンと戦略を策定します。次に、浸透させていくために推進体制を確立させます。実際に動いていくための人財の強化、風土改革の取り組みも行い、これらがうまくつながってくることでやっとデジタルに関するプロジェクトが進み始めます。このサイクルがうまく進んでくることで、次のフェーズであるDXの外部化と社会課題解決への貢献にもつなげることができると考えています。

――関沢

上記が、DXを全社ごと化するための推進体制図です。まず、トップマネジメントによるDX実現への明確なビジョンとコミットがあります。そして、全社のDXに関する意思決定を行う会議体のデジタル戦略委員会があります。その上で、実際にDXをリードし、旗を振る部門としてデジタルトランスフォーメーションユニットを組織しています。その中には、具体的に新しい技術を取り入れて全社に浸透させていくデジタル戦略推進部と、システム面・ハード面の強化をするITソリューション部の2つの部署があります。それぞれ部門に対して横串で活動しており、「DXリーダー」や「ITコントローラー」と呼ばれる人をインターフェースに置いていることがポイントです。

我々は、デジタル人財育成と風土改革は両輪で進めることがDX成功の鍵だと考えています。経営層、部長・マネジャー層、実践する社員層という大枠に分けて、それぞれが目指す姿を設定。その上で、具体的な取り組み(ワークショップやトレーニングなど)を設定しています。

体系的なデジタル研修プログラム「Chugai Digital Academy」

――関沢

ここからは、デジタル人財強化と風土改革の具体的な取り組みについてご説明していきます。まずは、デジタル人財強化についてです。

これから求められる人財は、デジタル×ビジネスの両方の観点を持ったハイブリッドな人財であると考えています。具体的には「デジタルのセンスを持ったビジネスの専門家」と「ビジネスセンスを持ったデジタル技術の専門家」の2つです。

では、中外製薬ではどのような人財を育てていけばよいのか。まず、いくつかの類型に分けて当社に必要な人財を定義しました。例えば、データサイエンティストやプロジェクトマネージャーなど、ビジョンを達成するために必要な人財を決めたうえで、そのような人財が「今、社内のどの部署に何人、どのぐらいのレベルでいるのか」を把握するため、スキル定義書を作りデジタルスキルサーベイを行いました。現状が把握できると、デジタル人財の不足状況がわかってきます。そこでやっと、どのような形で人財強化をしていけばよいのか方針が立てられるというわけです。

――関沢

デジタル人財を育成・獲得する仕組みとして「Chugai Digital Academy(CDA)」を設立しました。CDAの目的は「①中外製薬のDX推進の基盤となるデジタル人財の育成強化」と「②デジタル人財育成のナレッジ・ノウハウの社外還元」の2つです。

まず、社内で人財を育成するために、体系的かつ最新のデジタル研修を提供しています。そこで育った人財を全社のデジタルプロジェクトへ配置をして、さらに実績を伸ばしていきます。そこで蓄積されたデジタル人財育成のコンテンツや育成ノウハウを、社外での人財交流や外部へのプログラム提供などを通して社外に還元する取り組みも行っています。これにより、「中外製薬と一緒に仕事してみたい」という人が集まり新たな価値を生み出していく循環を作ることを目指しています。

CDAでは、レイヤーに合わせた適切なプログラムを開発・展開しています。今回は、その中でも我々が育成優先度を高く設定している2つの職種、デジタルプロジェクトを企画・管理・推進していくデジタルプロジェクトリーダー(DPL)と、モデル構築・解析ができるデータサイエンティスト(DS)高度解析・統計型の育成プログラムを紹介します。

――関沢

育成プログラムは3つのカテゴリーに分かれています。1つ目は、デジタル人財マインドセットやデジタル基礎(トレンドや活用事例)、セキュリティや法的ルールなどの「職種共通基礎スキル研修」です。そのうえで、2つ目の「職種別専門スキル研修」を学びます。DSコースでは、統計基礎や統計モデリング、データ検索・前処理をやりながら、製薬業界でよく使われる多重検定や疫学基礎、因果推論などを約100時間かけて学びます。一方のDPSコースでは、ブートキャンプを実施しています。これは、実際に自部署でデジタル活用により解決できそうな課題を見つけて企画を作り、マネジメント層に向けてプレゼンをするという内容です。最後に、学んだことを実践で使えるように「OJT」に入ります。エキスパートにOJTコーチについてもらいながら、3~4カ月の実践の場で実際のデジタルプロジェクトに臨んでもらいます。以上で、トータル約9カ月のプログラムです。

CDAのDSコースの社外展開(社外還元)する取り組みも行っています。ALBERT社と共同で開発したCDAのコンテンツは同社からサービスとして提供されていますし、当社から大学生に向けた学習コンテンツとして提供も始めたりもしています。

社員のアイデアを起点としたプロジェクトで風土改革に寄与

――関沢

続いて、風土改革の取り組みについてご紹介します。その1つが、社員のアイデア創出・実現を促す「Digital Innovation Lab(DIL)」という仕組みです。DILは社員だれでも応募可能で、「デジタルを使ってこんなことやってみたい」というアイデアを生み出したり具体化したりするワークショップの提供をすると共に、企画書作成の支援を行い、良いアイデアには予算をつけてPoCを実施します。結果として上手くいったものは本番開発に進みますが、失敗するものもたくさんあります。ただ失敗も貴重な財産ですので、それらを共有する場として「DIL ShowCase」を用意しています。また、年に1度優れた案件を表彰する「DIL Award」も実施しています。

――関沢

2020年6月から開始したDILは、2021年末までの2年間で約400件以上の応募があり、全部門から500人以上が参加しています。そのうち、50件以上の案件でPoCを実施し、10件以上が本番開発フェーズに移行しており、アイデアを実現するインフラになりつつある状況です。

DILによって本当に風土は変わったのかを調査するべく、DIL参加者に「DILの取り組みを通じて、課題に対して自ら変革を起こしていく意欲が向上したか?」というアンケートを実施しました。その結果、約9割が向上したと回答。DILがアクションやデジタル理解・成長機会、社内外コラボのきっかけになり、自ら変革を起こす意欲の向上に寄与していると言えます。

中外製薬の社内表彰制度・認定制度についてもご紹介します。社員のデジタルへの取り組み・学習促進のツールとしてオープンバッジを活用しています。「DX Project Award」、「Best Data Scientist Award」「DIL Award」「RPA Award」の4部門で年に1回優れた案件を表彰しています。またスキルの認定制度として、CDAのプログラムの修了者にオープンバッジを付与し、インセンティブにつなげています。

また、風土改革の観点で欠かせないのが社外発信です。社外発信を積極的に行うことの狙いは、デジタル人財に当社の取り組みを知ってもらうこと、デジタル系パートナー企業に関心を持ってもらうこと、そして社員のマインド変革です。もちろん、社内に向けてDXについての発信はしていますが、社内の人間が言うよりも、新聞・雑誌で「中外製薬のDXはここまで進んでいる・結果が出ている」という記事を目にしてもらうことで、「うちの会社は結構進んでいるんだ、自分もやらなきゃまずいな」と社員のマインド変革につながると考えています。

最後に、その他の取り組みもご紹介します。noteやYouTubeでデータサイエンティストをはじめとした社員の声やビジョンを発信しているほか、年間30~40社のデジタル企業の技術プレゼンテーションを「DigiTube」という企画にして全社員に配信しています。アカデミア、ヘルステック、製薬企業のトップリーダーによる講演「CHUGAI DIGITAL DAY」では、昨年は1700人が参加しました。また、デジタルを学ぶきっかけとして会社としてG検定受験を推奨しており、2022年までに計1000人以上が受験予定です。E資格の講座の支援も推進中です。

中外製薬ではDX実現へのロードマップを策定し、「ヒト・文化を変える」「ビジネスを変える」「社会を変える」の3つのフェーズで進めています。本日お話したような取り組みを始めて3年ほど経ちますが、「ヒト・文化を変える」フェーズはある程度達成できてきました。今後は、「ビジネスを変える」「社会を変える」フェーズで成果を上げていく段階です。まだまだやるべきことは盛りだくさんですが、患者さん・医療関係者の方々のためにDXを進めていきます。

続いて、質疑応答の模様をレポートします。

座談会・質疑応答

プレゼンテーション終了後、モデレーターの岡田と座談をしながら参加者から寄せられた質問にお答えいただきました。個別の質問とともに、参加者から特に気になるテーマを投票していただくスタイルで進行します。

――まず「A:中外製薬のDX戦略、その機運が生まれたきっかけや歩みについて」。機運はいつ頃生まれたのでしょうか?

――関沢

私が所属するデジタル戦略推進部が立ち上がったのは2019年10月です。実はそれ以前の2016年頃から社内で「AIをもっとビジネスに活用できるんじゃないか」という議論が盛り上がっており、全社横断のAI研究会というバーチャル組織を作ったのが最初です。

AIを使ってできること・できないことが明確になり、AIの有用性がわかってきたので、2017~18年頃にはデータの利活用を社内で議論するための組織も作って検討していました。しかし、やはり全社横断で全社ごと化していくためには専任の組織が必要だろうということで、旗振り役としてデジタル戦略推進部が立ち上がりました。

――続いて「B:DXの全社ごと化と外部化、人財定義やその推進方法について」。参加者から「必要な人財を決定するのは中長期の戦略が必要だと思いますが、その中でどのように連携しましたか?」というご質問が寄せられています。

――関沢

DXが全社戦略の中に入っているので、「DXという観点から何を実現するのか」が各部門の課題に落とし込まれています。そのため各部門ではそれを実現するために必要なデジタル人財について、どのようなレベルで何人必要なのかもすでに明確になっています。それに至るまでには、まず一般的にDX推進に必要とされる人財をあぶり出していき、その中で我々のビジョン実現のために必要な人財をある程度自分たちで決めていきました。その上で、各部門にも展開し啓発をしていきました。

――「C:デジタル人財強化に向けた整備や体制創り等について」。「頑張れ、リスキルだ、勉強しろ」と言ってもなかなか進まないと思いますが、苦労されたことはありますか?

――関沢

立ち上げ当初は、「トップが言っています」「DXを始めました」と言っても、すぐに全社員が賛同して進めてくれるわけではないと思います。一人一人と話して全員の認識を変えてから進めるとなると、5年たっても進みません。ただ、DXのような新しい取り組みに対して、前向きな人たちが社内に必ず一定数います。そういった人たちと組んで、フラッグシップとして大きい取り組みをやり始めました。そうすると「こんなに大きいプロジェクトが立ち上がって、お金もついて、こんな効率化にもつながっているんだ」という評判が社内に広がってきます。そうすると「うちの部門でも何かできるんじゃないか」と思う方々が増え、徐々に広がっていきました。

――「デジタルにより効率化すべき課題は、日々の業務の中で複数生じていると思います。各部署のトップの方々はなかなか使うイメージがつかないと思いますが、優先順位やアプローチ推進はどのようにされましたか」というご質問が来ています。

――関沢

先ほど推進体制のところでもご紹介したように当社では横串の組織がありますが、各部門の状況を専門的に把握しているわけではありませんし、僕たちも助言できないことは多いです。そのため、部門の中に窓口として「DXリーダー」を置いています。DXリーダーはそれぞれの部門のドメイン知識やビジネス経験豊富な方にお願いをしています。そして部門のトップが優先順位をつける際には、DXリーダーに助言をしてもらっています。きちんと各部署のビジネスがわかる人たちと一緒にDXを育てているという形ですね。

――「D:CDAにおける教育プログラムの内容について」。AIは本プログラムの中でどういう位置づけですか?

――関沢

AIはあくまで我々が実現したいことを達成するためのツール、という位置づけです。そもそもDX自体がツールだと我々は思っています。DX自体が目的になったり、AIを導入することが目的になったりしてしまうと方向性が変わってきてしまいます。まずは、「僕たちは何を実現したいのか」「実現するために今やっていることをどう変えていかなきゃいけないのか」を考えた上でデジタルやAIを適用させていくことが重要です。AIは決して魔法の杖ではなく、できることとできないことがある。その代わり、できることに対しては非常に心強い武器になるので、そこを見極めて導入・活用できる人財を育てていくことが大事なのかなと思います。

――最後に「E:風土改革や人財育成の効果、DILのお取り組みについて」。苦労されたことや、具体的な成果について教えてください。

――関沢

デジタル人財の育成が進んで様々な部門にデジタルを学んだ人たちが散らばると、部門の中で上がってくるデジタルプロセスの質が高まってきます。CDAの卒業生が実際にプロジェクトを作り本番開発された例も増えており、効率化も進んでいるように思います。また、隣の席の人が「デジタルを使って何か面白そうなことをやっているな」と感化されることもあり、トップダウンとボトムアップのサンドイッチで意識変革の波が来ていますね。

――風土改革はどの企業も簡単にはいかないと思いますが、特に効果があった具体的なアクションはありますか?

――関沢

社員のアイデアを形にするDILは一番良かった例ですかね。DILは日々の業務で感じている「ここ効率化したいな」というところについて、アイデアがあれば誰でも、上司の許可を得ずとも応募でききます。強制ではなく自分で意志を持って進めていくので、本当に風土が耕されていくんですよね。DXに向けて草の根的に変わってきていると実感しています。


オンラインセミナー「人材育成 for DX」は今後もさまざまな企業の実践者をお招きし、月に一回のペースで継続して皆様にデジタル人材育成の事例をご紹介してまいります。

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