[G検定 合格者インタビューvol.17]ディープラーニング × 製薬企業のDX戦略
2021年に成長戦略「TOP I 2030」を発表した中外製薬。それに先立ち、前年には「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」を策定し、デジタル技術を活用してビジネスを革新する方針へと本格的に舵を切っている。同社におけるデジタル人財育成や組織風土改革のポイントを、デジタル戦略推進部の佐山美樹氏に聞いた。
また、デジタルバイオマーカーやリアルワールドデータを利活用した臨床開発、治験のデジタル化、がんゲノム医療の推進などにより、革新的な新薬創出に向けて取り組む莇生崇さん、村尾浩和さん、油谷輝さん。G検定を取得し、同社の人財育成プログラムなども受講した3人は、製薬企業におけるDX推進のポイントはどこにあると捉えているのだろうか。
G検定合格者プロフィール
G検定2022#2合格
佐山 美樹(さやま みき)さん
中外製薬株式会社 デジタル戦略推進部企画G
G検定2020#3合格
莇生 崇(あぞう たかし)さん
中外製薬株式会社 早期臨床開発部クリニカルサイエンス第2G
G検定2019#3、E資格2021#1合格
村尾 浩和(むらお ひろかず)さん
中外製薬株式会社 オンコロジー臨床開発部オンコロジーインテリジェンスG
G検定2021#3合格
油谷 輝(あぶたに ひかる)さん
中外製薬株式会社 ファンデーションメディシン事業推進部FMI企画G
デジタルを学ぶきっかけにG検定を受験推奨
――全社的にデジタル技術の活用を推進する方針が打ち出されている中外製薬さんでは、人財育成と風土改革の両輪でDX推進に取り組まれているそうですね。
佐山:デジタル人財育成の枠組みである「CHUGAI DIGITAL ACADEMY(CDA)」や、アイデア創出・実現を促す「Digital Innovation Lab(DIL)」などが代表的な取り組みです。
佐山:CDAは2021年4月から実施されている体系的にデジタル人財を育成する仕組みです。その中で様々なプログラムを運用しているのですが、特に力を入れているのが「データサイエンティスト」と「デジタルプロジェクトリーダー」を育成するプログラムです。どちらも約9カ月間かけて行う長期的な研修で、職種共通・職種別のスキル強化に向けたOff-JTから、現場で実際にデジタルプロジェクトに臨むOJTで構成されています。現在第5期まで開講しています。
本日参加している莇生・村尾・油谷の3人もCDAの卒業生で、現在はそれぞれの現場の中でデータ利活用やDX推進をリードする人財として活躍しています。
佐山:一方のDILは、社員からの提案を起点としたボトムアップ型の社内インキュベーションの取り組みで、全社員誰でも応募することができます。DXのアイデア立案やプロジェクト化の門戸を全社に開くことで多くの新しい価値を生み出すことを目指すとともに、全社員がDXの主体であるという風土を醸成することを目的としています。各現場からDXに関する様々なアイデアを募集し、業務効率化やビジネス革新につながるアイデアにはデジタル戦略推進部でPoCの予算をつけて、本番開発までのフェーズを支援していきます。
――G検定の受験推奨もされているとのことですが、これらのプログラムにおいてG検定はどのような位置づけになっているのですか?
佐山:G検定はCDAのプログラム内に含まれているわけではありません。どちらかというと、デジタルを学ぶきっかけにしてもらう全社的な風土醸成の意味合いの方が強いですね。受験は手挙げ制で、受験料の補助はグループ会社を含めた全社員が対象です。G検定は初心者からでも自主学習可能なところが推奨しやすいと考えています。DILや業務に生かすための知識として受験する人もいれば、「会社の補助があるから挑戦してみよう」とか「資格をとるといつか役立つかもしれないから」という理由で受験する者もいます。
――合格実績はいかがですか。
佐山:3年で延べ500人以上が合格しています。
実際に私も、デジタル戦略推進部で人財育成や風土改革を担当する立場として、AI・ディープラーニングの体系だった知識を身につけたいと思い、今年7月のG検定2022#2を受験しました。実際の現場でDXを実現したり、そのためのアイデアを創出していくためには「データやテクノロジーを使うことで何ができるのか」を具体的にイメージできる形で理解していることが重要です。G検定は「AIの基礎を体系的に学ぶ」という選択肢としては非常に良いものだと感じているので、今後もより多くの人に推奨していきたいと思っています。
デジタル技術を活用した新薬創出を目指す
――ここからは、油谷さん、莇生さん、村尾さんの3人にもお伺いします。まず、現在の部署・業務内容と、G検定を受験されたきっかけについて教えてください。
油谷:ファンデーションメディシン事業推進部に所属し、主に臨床研究の企画・推進業務に携わっています。私が扱っているのは、患者様の検体を使ってがんの原因となりうる複数の遺伝子変異を解析する包括的がんゲノムプロファイリング検査(CGP)と呼ばれるものです。CGPを普及させ、がんの個別化医療を推進することを目指しています。
当時、ちょうど画像解析で新たに検査の価値を高めるようなサービスが検討できないかという、DX関連のプロジェクトが動き出していた時期でもありました。しかしながら、検討の過程でいくつかのITベンダーさんと協議する機会があったものの、基礎知識があまりなかったためうまく理解できないことが多々あり、まずは体系的に基礎を学びたいと思いG検定の受験を決めました。会社が受験奨励をしていて、受験費用を負担してくれることも大きな後押しとなりました。その後、G検定の合格発表とほぼ同じくCDAの「デジタルプロジェクトリーダー」育成プログラムも始まったので、タイミング良く順番に勉強していけました。
莇生:私は早期臨床開発部に所属し、自社開発医薬品の臨床試験のフェーズ1からフェーズ2の開発を担当しています。また、デジタル関連では、リアルワールドデータの活用やデジタルバイオマーカーなどの新しいエンドポイントの評価を検討するタスクチームのメンバーとしても活動しています。
デジタルバイオマーカーとは、スマートフォンやウェアラブルデバイスから得られるデータを用いて、病気の有無や状態を客観的に評価する指標です。現段階では体温や心拍数、電位差などの客観的な指標を計測していますが、弊社としては「痛み」といった、数値化・解析できない主観的な症状を、こういったデバイスからのデータを使って評価できないかという試みに取り組んでいます。
また、リアルワールドデータとは、医療のビッグデータとも呼ばれる日常的に収集される患者さんの健康状態や医療行為のデータの総称です。例えば、希少な疾患に対する医薬品の臨床開発では、患者さんが少ないため治験に協力していただくだけでもかなりの時間と費用を要してしまいますし、そもそも治験の実施が困難な場合もあります。このようなケースでは、リアルワールドデータを参照して比較対象群を補完するといった手法が提案されており、膨大な時間や費用を抑えられる可能性があります。
G検定を知ったきっかけは油谷と同じく、会社が受験を推奨しているという案内を見てからです。当時は社内でデジタル変革をしていくんだという話が飛び交い始めた時期でもあったのですが、正直なところその背景があまりわかっていませんでした。G検定の勉強を通じて、自分の業務ではどういうことが検討できるのかを考える良いきっかけになりましたね。
村尾:私が所属するオンコロジー臨床開発部は、抗がん剤の治験の企画・実施し、承認申請する部署です。その中でも、私は承認申請のための戦略立案と、臨床試験におけるデジタル技術活用を担当しています。「臨床試験におけるデジタル技術活用」とは、莇生と同じくデジタルバイオマーカーやリアルワールドデータ、AI解析に関することです。そこにプラスして、開発本部内でマイクロソフトが提供する「Power Platform」を使った業務自動化の提案や推進もしています。
受験のきっかけは、会社がデジタルを推進する中、私もデジタルに興味があったもののまずどこから手をつけたらよいかわからず、インターネットで「デジタル 検定」と検索したらG検定がヒットしたことです。AIの基礎が学べて、かつ“合格”という目標があるのは良いなと思いすぐに申し込みました。
自主的にG検定勉強会を開催する社員も
――G検定の学習を通じての感想や、受験前後での変化があれば教えてください。
油谷:受験前は、デジタルやDXとの関わりがあまり多くなかったため、基礎的な知識が全くありませんでした。そこから一つずつ勉強していったことで、0からようやく少し話ができる段階になったのはすごく大きいですね。
画像解析に関連するプロジェクトで専門職の方とやり取りする機会があるのですが、基礎的なことを知っているからこそ「こういうやり方もありませんか」「こういう手法でいけばデータ数を減らせるんじゃないですか」と、深く突っ込んだ議論ができるようになりました。ビジネスの観点でもとても勉強になりました。
莇生:私はG検定を2020#3、CDAを2021年7月に受けたのですが、その前の2020年4月から2022年3月までの2年間、データサイエンスを学ぶために大学院に通っていました。それは、今まで取り扱いができなかったリアルワールドデータを活用していくという業界全体の流れがある中で、それを使える人や考えられる人になりたいと思ったのが理由です。大学院、G検定、CDAと様々な場所で勉強することで、データを扱うということについての理解が深まっていきました。製薬企業はどの部門に行っても、データを理解できる・取り扱うリテラシーが必要なので、学んだことは損にはならないかなと思いました。G検定では、学問的なことだけでなく法制度や最新動向なども含めた幅広い領域を学べたのは良かったですね。
村尾:AIがどのように動いて画像認識しているのか、といった中身を知ることができたのはとても面白かったです。また、人生で数学(行列や三角関数)が初めて「役に立った!」という感触も得られました(笑)。
当時はまだG検定を取得している人が少なかったので、「なんとなくデジタルに強い人」というイメージがついて、仕事や研修などでデジタル関連の役が回ってくるようになりましたね。自分もそちらのキャリアを考えていたので、うまく印象付けできたと思っています。G検定は概要を学ぶには最適ですが、次の段階としてAI実装まで学びたいと思い、E資格も取得しました。
その後、社内でG検定が受験推奨され始めて申し込む人も増えていったのですが、「何を勉強したらいいのかわからないから教えてほしい」という質問は当時とてもされましたね。休みの時間を使って、公式テキストの読み合わせなどを行う自主的な勉強会を10回ほど開催しました。当時の上司や「デジタルはさっぱり」と言っていた同僚も合格していたので、少しは役には立てたのかなと思っています。
莇生:村尾さんの対策本の存在を受験直前に存在を知ったのですが、こっそり助けてもらっていました(笑)。
佐山:村尾さんの活動は事務局でも把握していたので社内のポータルページで受験者に紹介したり、他にも自主的に勉強会をしている社員が共有してくれた勉強資料を掲載したりしました。デジタル推進戦略部が音頭を取らずとも、社員の皆さんが自主的に取り組んでくださっているのは、組織の風土改革の一つの成果の表れかなと嬉しく思っています。
トップの本気度が伝わるメッセージと施策
――CDAやDILの取り組み、G検定の学習などを通して、DXに対する意欲に変化はありましたか。
油谷:かねてから、DXについての知識やリスキリングが求められるようになるだろうとは思っていました。「もっと勉強しないといけないな」という気持ちがある中で、会社が仕組みや制度を整備して後押ししてくれているのは非常にありがたいなと感じています。私はCDAに加えて、DILでは自分が主体となって応募したのが2件、メンバーに入ったものが1件と、複数の案件に取り組みました。現在進行中のプロジェクトもあり、常に選択肢のひとつとして、デジタル活用が解決策になり得るかどうかを考えるようにしています。
莇生:手厚い制度があるおかげで、共通言語を持った人が周りに増えてきて同じフィールドでの議論ができるのは良い点だなと思います。また、社長の奥田を始めとした経営トップがメッセージを発信していることも大きいと思います。経営幹部や管理職もDXについて否定的になることなく、円滑に進めることができる組織風土になっていると思います。
村尾:莇生と同じく、会社の本気度はよく伝わっていると思います。DXが進まない会社はトップが「とりあえずやっとけ」ぐらいの雰囲気で、言うだけ言うパターンが多いと記事などで書かれているのを見かけます。当社は様々な研修を用意するなど、リソースを使って本気で取り組んでいるのが伝わってきていますね。
――推進側の佐山さんは、人財育成風土改革の反響や効果についてどのように捉えていますか。
佐山:立ち上げから約2年経ち、CDAの卒業生がそれぞれの現場で活躍してくれています。CDA卒業後のアンケートでは、「学んだことを現場で生かせている」という声も増えており、卒業生の上司からも「受講前と受講後でデジタルに対する意識が変わったように見える」「積極的に案件に取り組んでくれている」という声も得られています。
DXを全社ごと化するためには、社員一人ひとりが自発的に、それぞれの現場で行動を起こしていくことが重要となります。そのために、啓発活動やスキル習得のための様々なプログラムの提供を行っていくことで、全社DX戦略推進の一助となっていければと考えています。