IGF京都2023

【IGF京都2023 レポート】

2023年10月8日から12日にかけてインターネット・ガバナンス・フォーラム(IGF)が京都にて行われました。本レポートは、フォーラムに参加した事務局スタッフによる非専門家視点の感想レポートであり、JDLAの統一見解ではない旨、ご了承の上ご参考ください。

IGFとは、インターネットに関するあらゆる課題について、国連主催のもと、多様な関係者が対等な立場で対話を行うインターネット政策の分野で最も重要な会議の1つです。18回目を迎える今年は、インターネットと銘打たれているものの、AI分野の国際的な規制の動向、議論が喫緊かつ最重要テーマになっているように感じました。

開会式でビデオメッセージを送る国連事務総長 アントニオ・グレーテス氏


<DAY0 Shaping AI to ensure Respect for Human Rights and Democracy

欧州評議会(Council of Europe: CoE)事務次長のBjørn BERGEによる基調講演にはじまり、同じくCoEの「AIに関する委員会」委員長や欧米、中南米においてELSI(Ethica, Legal,and Social Implication)の議論やルールメイキングをリードするパネリストによるセッションです。産業界からIBMでAI倫理のグローバルリーダーが参加しており、アジアのオピニオンリーダーとして江間有沙准教授(東京大学、JDLA理事)とオーストラリアのLiming ZHU教授(NSW大学)が登壇していました。

このセッションはCoEが進めるAI条約交渉(草案 2023年7月公開版)の現状説明と、加盟国以外の国際的な賛同を得ることが大きな目的かと思います。年内に取りまとめて来年5月あたりの採択を目指しているということで、交渉の最終フェーズに入っています。
CoEは欧州加盟国46カ国(うちEU27カ国)ですが、日本、米国、カナダ、メキシコ、教皇庁がオブザーバーとして参加しています。CoEにおいてAI条約を議論する「AIに関する委員会」にはイスラエルがオブザーブ参加していますが、そこにさらに10月4日にはアルゼンチン、コスタリカ、ペルー、ウルグアイの参加も発表されました。セッションは議論というより、各スピーカー(主にCoEサイド)がAI条約やガバナンスに対するそれぞれの見解を発信するという感じでしたが、人類の歴史的な過渡期を迎えているという緊迫感は伝わってきました。一方で、江間理事がIGFウィークを通じて一貫して発信していた本質(と理解している)、マルチステークホルダーによる議論、情報共有、アクターを踏まえた具体的な解釈、ベストプラクティスの提示がないと実装、浸透は難しいなという気もしました。

開会式でスピーチをする岸田首相

<DAY1 AI特別セッション>

オープニングセレモニー直後のメインホールでのAI High Levelパネルということで、岸田首相(スピーチ全文)、ノーベル平和賞受賞者のMaria Ressa、経済協力開発機構(OECD)事務次長のUlrik Vestergaard Knudsenによる基調講演に続いて各国政府の担当閣僚(日本総務省、シンガポール、インドネシア、ブラジル)、産業界(Meta、Google)、技術・学術界(「日本のインターネットの父」村井純教授、「世界のインターネットの父」Vint Cerf)から9名のパネルディスカッションが行われ、その進行、取りまとめの大役を担っていたのが江間理事でした!

本セッションは、AIにおける国際ルール形成が進む中でキーワードとなるマルチステークホルダーでのディスカッションを象徴するお座敷という感じでしたが、その中でも広島AIプロセスに焦点があてられる形となりました。

冒頭に総務省の鈴木淳司大臣より広島AIプロセスの現状の紹介が行われ、ここには岸田首相からも言及のあった開発者向け指針の取りまとめに向けた具体的な意見や落とし込みのヒントを得たいという日本政府の目的が明確にありました。岸田首相が強調していたAIがもたらす「リスクを軽減し、恩恵を最大化」という点においては、基本賛意のもと、特に産業界代表で参加していたMeta、Googleはフロンティアモデルを踏まえたイノベーションを阻害しないための最適バランスを取っていくという方向性が広島AIプロセスに反映されることを期待しているようでした。

各国政府はまだ明確な具体策を提示できるような段階になさそうでしたが、シンガポールは国内のAIガバナンスフレームワークの構築とともにグローバルな対話のプラットフォームの整備、さらに産業界との密接な連携によるデータ流通の仕組みの整備が進んでいるようです。このあたりのスピード感は国の成り立ちや規模、経済活動に対する価値観、アジアにありながら英語を共通言語とする多文化共生の文化的背景も影響しているのではないかと思います。

国際ルール形成のマルチステークホルダーディスカッションでは高頻度でTransparency(透明性)とAccountability(答責性)というキーワードが出てきますが、すごいスピードで技術が進化する中、モデルの性質や扱うデータの種類、開発から市場展開前後のフェーズ、プロダクトやユーザのライフサイクル、各国の法規制、産業構造、文化背景、あらゆる要素や状況に応じた論点はキリがありません。国際的な共通指針を形成しながら、各国、業界ごとに必要最低限あるいは最適なアウトプットが合わせて必要になっていくと思います。そして、今、それらの議論が当時多発的に起きており、その中心の1つに広島AIプロセスがあるということは、日本にとってイニシアチブをとるチャンスでもあり、機を逸すると一気にプレゼンスを失い、国際標準化の議論から取り残される恐れと隣り合わせという気がしました。

岸田首相と握手を交わす江間理事
司会進行を務める江間理事

<DAY2 Resilient and Responsible AI

江間理事が企画、座長を務めた「レジリエントで責任あるAI」を議論するセッションです。AI技術が社会システムを支え、あらゆる人のあらゆる生活が便利になる中で、技術に依存し過ぎた時に起こりえるリスクを理解し、対処を備えていく必要があるというメッセージの込められたセッションでした。また、恐らくIGFセッションにおいてロボットが参加した唯一のセッションだったと思います。

本セッションでは、OriHimeという分身ロボットを通じて自宅にいながらカフェで働く車椅子生活者の方からのスピーチがあり、技術の恩恵によって自立した社会生活が送れている一方で、不測の事態や災害時におけるアナログな対応力の低下に対する懸念、自動化や無人化が進む社会システムにおいて介助を必要とする人たちが抱える不安、無用な申し訳なさについてお話がありました。

続くパネルディスカッションでは、Partnership on AIのRebecca Finlay、Global Partnership on AIのInma Mrtinez、Alan Turing InstituteのDavid Leslie、ソニーAIの北野宏明氏からそれぞれ責任あるAIに対する自身の見解や問題提起がありました。海外パネリストは特に公平性や包摂性を重んじた取り組みを推進するリーダーでもあり、前段のスピーチとOriHimeのコンセプトへ強い共感がありました。また、AIガバナンスにおけるさまざまな議論は概念から実践のフェーズに待ったなしということで、事例ベースの議論がますます重要になってくるということでした。

セッションの様子
分身ロボット「OriHime」(画像提供:㈱オリィ研究所) 

<その他>

IGFでの参加セッションは以上ですが、江間理事に随行していたことでIGF期間を通じて国内外のさまざまな方々とご挨拶、意見交換の場に立ち会うことができました。

個人的に印象的だったのは、産官公民問わず、海外のAI分野におけるリーダーは、”Frontier AI” ”Narrow AI” ”General AI” “Foundation Model” ”Generative AI”など、文脈によって使い分けて話している点。技術への理解が土台があって議論されており、日本の企業トップ、官僚、各分野の業界団体レベルでのリテラシー底上げも喫緊の課題であり、顕在化した時には手遅れになるのでは、とふと焦りを感じた1週間でした。

CoEのAI条約、広島AIプロセス、それらの動きを見据えた各国の指針など、年末にかけて国際ルール形成が慌ただしく動きそうです。そんな中、11月1-2日にかけてイギリスでAI Safety Summitが開催されます。AI Safetyに関する世界初のグローバルサミットであり、参加者は100名程度に限定されており、タイミング的にもパワーバランス的にも色々な意味で気になるサミットです。

<江間理事による総括>

IGFに参加するのは実は2回目です。2017年にスイスで開催されたIGFにも参加しましたが、その時とは比べ物にならないほどAIに関する議題が増えていました。今回、久しぶりの国際会議参加であり、会議場内で行われている議論だけではなく、会議場の外で行われた議論も含めて、IGFの熱量を感じました。

IGFに参加して、その理念であるマルチステークホルダーの議論の軸となる価値をどこに置くかの難しさと慎重さを感じました。数千ともいわれる参加登録者の国籍や立場は本当に多様でした。一方で、欧州評議会、広島AIプロセスをはじめ、様々なルール作りの議論の中には、なかなか議論の輪に入れていない国や地域もあります。技術は国境を越えて使われていきます。実質的に有効な国際的なガバナンスの仕組みを構築するためには、多くの人たちが入りやすい価値を提案する必要があります。AIをめぐる議論は価値をめぐる議論でもあり、例えば欧州評議会は、人権、民主主義、法の支配を掲げています。しかし、この価値全てを許容できない国や地域もあります。そのためか岸田首相のオープニングスピーチでは、人権、民主主義等の単語は一切使われていません。経済発展をいかに進めていくかということのみに集中した内容となっています。

IGFの会期中、アフガニスタンでは地震があり、そしてハマスとイスラエルの軍事衝突が起きました。このような地球的、国際的な危機とAIに関する議論は無関係ではいられず、より広い視点でAIと社会に関する議論をしていくことの重要さを改めて感じました。その時どのような価値を掲げ、どのように焦点を絞って議論をしていくのか。技術動向、国際情勢等様々な点に目配りをしたガバナンス(かじ取り)が求められています。

IGF Villageに出展していたJDLA会員企業

IGF Villageに出展していたJDLA会員企業