早期にデジタル・AI人材の内製化を決断した千代田化工建設の取り組み

千代田化工建設のデジタル・AI人材育成について話す古市和也氏

千代田化工建設株式会社は、1948年に設立された総合エンジニアリング企業であり、主に石油・ガス、化学、医薬品などの分野でプラントの設計、調達、建設(EPC)などの事業を手掛けています。とくに、大型LNG(液化天然ガス)プラントの設計・建設において高い実績と技術力を持っており、LNGプラント建設では国内トップシェア、世界でも4割のシェアを占めるリーディングコントラクターとして知られています。

近年、千代田化工建設はデジタル・AI人材の育成にも注力しており、早くから社員のJDLA(日本ディープラーニング協会)のG検定、E資格などへの資格取得を推奨いただいています。

今回は、地球環境プロジェクト事業本部、O&M-Xソリューション事業部、plantOS企画開発セクションセクションリーダー兼CDO室 室長である古市 和也氏に、千代田化工建設のデジタル・AI人材育成の取り組みについてお話を聞きました。

プロフィール

地球環境プロジェクト事業本部、O&M-Xソリューション事業部、plantOS企画開発セクション セクションリーダー 兼CDO室 室長
古市ふるいち 和也かずや

自社の事業をよく知る自社メンバーをデジタル・AI人材に育成

千代田化工建設は2019年頃からDXを扱う本部を立ち上げ、現在4つの軸でDXを推進しています。その4つの軸とは同社の中心的事業であるEPC(エンジニアリング・プロキュアメント・コンストラクション) におけるプロジェクト自体のプロジェクトデジタル変革、そして事業を支えるコーポレート業務(総務、人事など)の変革であるコーポレートデジタル変革、デジタルを活用しての新規ビジネスを創るデジタル変革ビジネス、そしてそれら全てを支えるデジタル・AI人材の育成の部分となる人財マインドデジタル変革であると古市氏は説明しました。

※EPCとは、Engineering (設計)、Procurement (調達)、Construction (建設) の3つの工程を、一貫して一つの企業が請け負う契約形態

AI人材を内製で育てて行きたいと話す古市氏

――貴社がデジタル・AI人材育成に取り組むきっかけはどのようなことだったのでしょうか?

古市氏:きっかけは、2016年頃に弊社の中にAIに取り組む部署が立ち上がったことです。始めた当時は「何をやれるか」を模索していましたが、2年ほど経つ中、外部に全てを依存する体制のみよりも、元々の業務を理解しているエンジニアがAIをプラスで学ぶ方が効率的にDXを進められるはずと感じるようになりました。そこで内製でAI人材を育てていくことにより注力することにしました。 その一環として、G検定・E資格取得の補助があります。現在は資格補助に加え、人事評価に反映されるDXコンピテンシーというものを設けています。これは給与にも反映される取り組みです。 また、社内では各本部からデジタルオフィサーをアサインしていただき、その方々へeラーニングなどを提供しています。さらに、年1回、デジタル技術を生かした社内業務変革の取り組みに関する社内発表会を設けて、優れた取り組みを表彰しています。

古市さんは資格補助には、(1)受験料の補助(2)事業戦略的に認められた資格に対する取得の奨励補助(3)資格取得のための講座費用が高額な場合の講座自体の補助の3つがあり、それぞれ事業戦略的に必要なものか、または自己啓発のものかグラデーションをつけて実施していると話します。G検定・E資格は事業戦略に沿ったものと考え、2019年に経営層に提案したと続けます。

――G検定やE資格の取得推奨について、経営層の方々の反応はいかがでしたか?

古市氏:事業戦略にAIやデジタルが大事というコンセプトは経営層と一致していましたが、どのような資格が本当に価値を持つかについては、我々より提案し、「お前たちが言うならぜひ支援する」と言っていただきました。実は2016年に松尾 豊先生(JDLA理事長)には一度、会社に講演に来ていただいたことがあります。その頃から経営層にもAIの重要性を認識していただいていました。

――プラント建設などがメイン事業である貴社が早い時期からAIやDXを事業戦略に組み入れたのはなぜでしょうか?

古市氏:理由は2点あります。1つ目は、シニアエンジニアが持つ技術伝承への危機感です。50代以上のベテランのエンジニアが退職していくタイミングで、彼らの技術や過去の経験をどのように伝承するかが大きな課題でした。マニュアル等だけでは継承できないという危機感がありました。これまではデータ処理速度やデータ容量が律速でデジタル利用が進まなかった過去がありましたが、最近の動きでは処理速度やデータ容量の課題が解消されそうと感じたため、取り組むタイミングだと社内でDX推進が加速されました。2つ目は新規ビジネスの観点です。我々が行うEPC業務でお客様にプラントを引き渡した後には、オペレーション&メンテナンス(O&M : 運用管理と保守点検)という業務があります。O&Mは弊社の新たに注力すべき領域になっており、そこには運転データや保全データなど、構造化されたデータが蓄積されています。EPC業務データは前段階でのデータ整備が必要な領域が多いことが分かり苦労していますが、O&Mのデータはすでに構造化されたデータも多いため、いかにそのデータを価値に変えることが出来るかという検討を社内で始めていたためでした。例えば、設計段階で重要な部分はO&Mでも重要になりうるため、AIやデジタルを使えば、新規ビジネスの観点でもより飛躍できると考えたのです。またデータをうまく使うことは、長年の課題でもありました。

――よく分かりました。その中で、とくに内部でのデジタル・AI人材の内製化に注力されたのはなぜでしょうか?

古市氏:こちらにも理由は2点あります。1つ目は、先ほど申しましたように外部パートナーに依頼すると契約やコストが障壁になるケースがある上、最初の1〜2ヶ月はこちらの業務説明が多くなり、非常にもったいないと感じていました。継続性を考えると、やはり外部パートナーに頼るだけでなく、我々の中で人材を育てないといけない。弊社のエンジニアがAIを学び、内製化する方がサスティナブルかつ効率的という考えから、メンバーにE資格やG検定を取得してもらい、この分野の業務に取り組むことに対してモチベーションを上げてもらいたいと考えたからです。

もうひとつの理由は、デジタル活用は若手が活躍する機会も多いと考え、若手社員が早い段階で会社や社会に貢献しているという自信につながるきっかけになると考えたからです。EPCだと現場で自身が関わったプラントが建つと自信を持てますが、データ領域で自信を持ってもらうには、社外でも認められている資格を取ることが有効な手段の一つだと考えました。私自身にもそういう経験があったので、自信を持つきっかけとして資格が役立てば良いということを経営層にも伝え、E資格、G検定の推奨を決めました。

また、弊社は社内だけでなく社外とのコミュニケーション機会やパートナリングが多いです。そんな場で、他社の人から「あ、確かなレベルの人なんだ」と言ってもらえるような定量的な評価が重要で、資格取得が有効な方法と考えました。

G検定・E資格取得者が増えることによって現れた前向きな変化

千代田化工建設では、2030年までに全社員の2%程度(約30名)のE資格取得を目指すことを掲げています。現在、社内の在籍者数は20名です。毎年1〜2名は受験して合格しており、このままいけば目標に近いところに行けそうだと古市氏は語ります。また古市氏の部署に入ってきた新入社員には、入社後すぐにG検定を受けてもらう取り組みをしており、みんなが合格できるような形でサポートしているとのことです。

育成の成果が社内で出てきていると話す古市氏

古市氏:我々はAIだけでなく、DXのコア人材というものを別に定義しています。 DXコア人材に期待するのは、「スキル」(デジタルやAIに関するIPAの5分野などで、ある一定のスキルを持っていること)、「マインド」(保守的ではなく、挑戦し続け、俯瞰した視点で課題に取り組み学び続けようというマインド)、「実績」(課題解決の道筋を立て、デジタル変革実績を出すこと)の3つのバランスです。特に課題を設定でき、解決の道筋を立て、実用後を見据えた姿を周囲に示してリードしていける人を育てていきたいと考えています。

その中でG検定、E資格はともにIPA5分野のひとつであるデータサイエンティストとかかわりが強いため事業戦略に沿った資格と位置付けています。具体的な支援内容としては、受験料と、合格後の一時金を出しています。ただし、資格取得自体が継続的な報酬につながることはありません。あくまで一時金という位置付けです。そこからはやはり実績というか、価値を提供したところに人事の能力評価として反映されます。毎年の人事評価に、デジタル関連のコンピテンシーが一つとして入っています。

――そうして社内にG検定、E資格取得者が増えていくことで、何か社内の変化はありましたか?

古市氏:社内ではネガティブな意見は聞いたことはなくポジティブな反応は聞きます。例えばPython等も活用して業務を改善すると、「これだけできるんだ」という声が上がります。年に1回の社内発表会では、1/3か1/4以上の発表がPythonでのAPI連携も含めた活用事例が出ています。これは我々のAI専門部署だけでなく、部署横断的に出てきています。そういう意味では、根付いてきたと感じます。 元役員だった顧問の方で「Pythonを学びたい」という方もおり、社内では学びたい意欲が強い方が多いように感じます。現役、OBを問わず世の中に貢献したい、そのために必要な技術はどんどん学びたいという意欲が強い方々が多い風土ではないかと思います。

すでにEPC業務を中心とした部署の中でも資格取得者がいます。例えば、今流行りのローコード・ノーコードでできない時に、「じゃあ、少しだけPythonで書けばできるのでは」という思考になってくれています。与えられたツールで壁に当たった時に、Pythonなどを少し合わせればできるのではという考えが、様々な部署でもじわじわ広がっているなと感じます。そういう変化が社内発表にも出てきています。

このように資格を取得したいというきっかけを通じて、実務の経験ではカバーできなかった領域も体系的に学び、AIなどの技術の応用が構想できるメンバーが増えればと考えています。この実務と学びの往復を増やすことを資格補助等を通じて支援したいです。

――そのような変化を見て経営層からは何かありましたか?

古市氏:デジタル・AI人材育成については、「もっとやれ」という指示、支援をいただいています。どのようなビジネスをやるにしてもデジタルが一緒に入ってこないと改革(トランスフォーメーション)にならないという点は我々と経営層は同じ認識です。経営層の方々にもデジタル研修を受けてもらってまして、昨年は執行役員クラスの18名が受講しました。積極的に参加していただき、やはり同じ危機感をお持ちなのだなと感じています。

社内だけでなく、社外とのやり取りでも変化が現れていると古市氏は続けます。同社のデジタル部隊はスタートアップなどと会話をする機会が多いのですが、G検定などを勉強したことにより、共通言語で話せていると実感できるようになったとのことです。それが社員の自信につながり、同じ土俵で議論ができるようになっていると感じられると語りました。

世界で戦うには「人」、デジタル・AI人材育成を加速

我が社は「人」で生きて行く会社と語る古市氏

――資格を取得した方に活躍してもらうための組織作りで考えていることはありますか?

古市氏:弊社CDO(最高デジタル責任者)の熊谷も話していますが、基本的には各本部に、ビジネスアーキテクトと各スペシャリスト人材が1人以上いる状態を目指しています。ビジネスアーキテクトの方と伴走できるよう、データサイエンティストやシステムエンジニア、UX/UIエンジニアが各本部、各部にいるくらいになり、各部が自走できるような形になれば理想です。

――こうしてお話を伺ってくると、千代田化工建設様はデジタル・AI人材の育成に全社上げて本気で取り組まれており、それに応えてエンジニアの方たちが、新しい技術を積極的に学ばれているという様子が窺えました。

古市氏:そもそも、工学系エンジニアは実際のデータから汎用性のある方程式を導き出し、現象を表していくようなことを行っています。ですので、工学系エンジニアはAIやデジタルとの親和性があると思っています。また、また、弊社はプラントなどの「物」を基本的に持たない会社なので、「人」で生きていくしかありません。世界と戦うには「人」です。元々、石油、ガス、LNGなど、エネルギーや社会の変化に合わせて必要な技術も学び、適用していくという文化がありました。これから「データ」が重要になるという時に、実績がない中でも若手が自信をもって活躍してもらうためには、G検定・E資格のような外部に認められたものも有効だと考え、これからもしっかり支援していきたいです。

千代田化工建設には技術好きで、人に教えるのが好きなメンバーが多いと古市氏は話しました。何か1つ聞いたら10教えてくれるような感じで、風通しが良い組織のようです。そんなメンバーの中の有資格者がコミュニティを作り、Microsoft Teams上でメンターとしてサポートするような活動もしているそうです。今後も同社にはG検定、E資格の有資格者がどんどん生まれ、デジタル・AI人材として世界中で活躍するのでしょう。

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