G検定合格率93%〜未来のAI人材を輩出するために、慶應義塾大学・AICの新たな挑戦

5年間で16,000人が参加する、塾生が主体的に牽引するAIプログラミング学習団体とは

―本日はよろしくお願いします。まずはAICについて教えていただけますか。

小林氏 AIC(「AI・高度プログラミングコンソーシアム」)は慶應グローバルリサーチインスティテュート(KGRI)に属する研究センターのひとつで、「塾生の塾生による塾生のためのAI・プログラミング学習団体」です。私たちはよく「塾生が主体となり牽引するAIプログラムの学習団体」と伝えています。

―AIC発足の経緯について教えて下さい。

小林氏 AICの発足は2019年です。当時は第3次AIブームの影響もあり、「今回のAIブームは本物だろう」と考えられるようになっていました。理系文系問わず、塾生はAIリテラシーを獲得しなければ世の中のAI化についていけなくなるという危機感から、当時の理工学部長だった伊藤公平・現塾長が旗振り役となって立ち上げたのがAICです。

AICの特徴としては、塾生が主体となって運営しているという点に尽きます。慶應義塾大学には慶應コンピューター・サークル(KCS) というサークルがあり、初学者から上級者まで様々なレベルの人がプログラミングを学ぶためのコンテンツを開発しています。そのような優秀な学生たちに教える側・先生役になってもらい、AIを学びたい学生たちを教えるというベストマッチングの場を作ろうと考えたのです。

―どれくらいの学生がAICのプログラムに参加されていますか?

小林氏 受講生は5年間で16,000人ほど。加えて教える側やイベントを企画・運営する側として、毎年50人ほどの塾生がAICのインターンシップ生として参加しています。まさに塾生が互いに教え、学びあうコミュニティですね。
とはいえ全てを学生に任せるのは荷が重いため、教員も運営委員として関与しています。私はその一員としてほぼフルコミットで、AICのクオリティの担保やオーガナイズに取り組んでいます。

習熟度を測るだけではないG検定のメリット

―塾生が主体的に集い学ぶAICが、G検定を導入したきっかけを教えてください。

小林氏 AICのプログラムは大学の講義ではなく、あくまでも塾生の自主的な活動という位置づけです。そのため、何らかの「成果を評価する指標」を設定することが難しいという課題がありました。教える側の塾生に、教わる側を評価させるわけにはいきませんし、テストを実施するというのもAICの趣旨とは相容れません。せっかくAICの講義やイベントに参加しても、それだけで終わってしまい、習熟度を図る仕組みがないのはもったいないと考えていました。
そのため、社会で一定の認知と評価を受けている資格取得を連動させることを検討していた折、AICのインターンシップ生の中に自主的にG検定を取得した塾生がいたのです。彼から情報を得たのが一番のきっかけかと思います。

―小林先生からみて、G検定はどのような印象ですか?

小林氏 AICが実施している講習会との親和性が一番高いのがG検定だと感じています。ITパスポート試験は少し簡単すぎるかもしれませんし、データサイエンティスト検定はよりビジネス的な要素が求められます。G検定は、AIリテラシーの理解と習熟度を測る上で、AICの塾生が挑戦するにはちょうどいい難易度ではないでしょうか。
加えて、私が興味を持ったのは、G検定を取得した人で構成されているコミュニティでした。先にお話したG検定の取得した学生が、新しい出会いや人間関係、最新の情報が得られて、とても有益だと教えてくれたのです。

―「CDLE(シードル:Community of Deep Learning Evangelists)」ですね。

小林氏 AICに不足している要素はこれだ! と思いましたね。学んで終わりではなく、その先のコミュニティ作りですね。G検定の取得を通じて、単に習熟度を測るにとどまらない取り組みが可能だと考えました。

AICのG検定プログラムの合格率は93%! 

―AICのG検定プログラムについて、具体的な内容を教えていただけますか?

小林氏 AICのプログラムでは、G検定の受験料や公式テキスト、オンライン学習教材といった諸費用をAICで負担します。年に2回実施し、およそ60名が参加する予定です。

―大学が資格試験の費用を負担するのは珍しいのではないでしょうか。

小林氏 そうですね。通常、慶應義塾大学では学生の資格試験に補助金は出しません。今回の取り組みを始めるにあたって、実はかなりハードルが高く、様々な部署から「なぜAICだけ補助を出すのか」という声もありましたが、粘り強く交渉してなんとか実現に至りました。また、AICは法人会員からのスポンサードで運営されています。私としては法人会員に対してAICのプログラムでG検定を取得することはメリットだと考えていましたし、実際に賛同を得ることができました。
その代わり、G検定プログラムに参加する塾生には、その後できる範囲でAICの活動に参加することを推奨しています。

―すでに2024年の第1クールは終了しているとのこと(取材時点)ですが、ここまでの成果はいかがですか?

小林氏 第1クールでは26名が合格しました。合格率は93%と高い数字だったのですが、嬉しかったのは、参加者のほぼ全員から、感謝のメッセージをいただいたことですね。

―素晴らしいですね! 高い合格率の要因はどういったことだったのでしょうか?

小林氏 プログラムの参加者全員にSlack上で週1回の学習進捗報告を行ったことで、横のつながりが生まれ、モチベーションの維持や途中での脱落を防ぐ効果があったようです。また、模擬試験の受験や「直前対策講座」の実施も合格率を高める効果があったかと思います。
今回は初回ということもあり、運営にはかなり力を入れたと思います。私も全員と1on1を行いました。数名の塾生からは、1on1でいよいよ本気度が高まったという声ももらいましたね。

G検定プログラムがもたらしている「変化」

9月30日には、2024年度第2クールのキックオフミーティングが開催され、プログラム参加者が慶応義塾大学日吉協生館内の「AICラウンジ」に集まりました。本プログラム向けにG検定向けオンデマンド教材やオンライン模擬試験を提供している株式会社zero to one 代表取締役CEOの竹川隆司氏らが登壇し、G検定の概要や試験までのスケジュール感および試験への取り組み方を説明しました。また、第1クールで実際にプログラムを体験しG検定を取得した塾生からは、勉強の取り組み方や試験内容対策が発表されました。

―先ほど先輩合格者の発表がありました。実際に合格者の方はどのような関わり方をされていますか?

小林氏 例えば、文学部で今回受験した塾生は、自身の研究にAIを使いたいからと研究室の先生に相談したところAICを薦められ、G検定プログラムに参加したそうなのですが、彼自身の幅が、このプログラムをきっかけにとても拡がったようですね。主体的にAICのイベントなどの活動に参加してくれています。
私としては、G検定プログラムを通じてこれまで接点がなかった塾生がAICの活動に興味を持ってくれて、楽しんで一緒に活動してくれるメンバーを1クールごとに1人でも2人でも増やしたい、そうなるととても嬉しく思います。

―塾生と「CDLE」コミュニティとの交流もありますか?

小林氏 これまで交流会を2回開催したのですが、これが予想以上に盛り上がりました。CDLEコミュニティから社会人の方に参加していただいたのですが、G検定の解き方や資格取得後のキャリアについてなど話題が尽きないようで、2時間の予定でしたが最後まで盛り上がっていましたね。
塾生たちを見ていると、社会との接点を強く求めていると感じます。自分が今頑張っていることを認めてもらいたいし、資格取得後にどんな新しい世界が待っているのか、期待を持っているようです。CDLEの方々との交流は、そういった期待に応える良い機会になったと思いますし、継続していきたいと考えています。

複雑な問題が山積する現代に求められる「∇型」人材とは?

―改めて、小林先生のご経歴を教えていただけますか?

小林氏 私の社会人としてのキャリアは、パナソニック株式会社にて、様々な職種を経験しました。本社R&D部からスタートし、フランス駐在や人事の採用担当を経て、最後の10年間は医療機器事業部に。そこで再生医療の基礎研究に携わり、博士号を取りました。

―元々、再生医療がご専門ではなかったのですね。

小林氏 そうですね。大学では教育学部で教員免許を取得していたのですが、4年生のときに教員になるか、社会に出るか悩んだ結果、グローバルな環境で仕事がしたいと思いパナソニックを選びました。再生医療に携わったのは異動がきっかけでしたが、最初は何をしている部署かすらわからないくらいで。
配属された医療機器事業部は、当時ヒト・モノ・カネが集中的に投入されている領域でした。異なる事業所から多様なバックグラウンドのメンバーが集っているなか、私が最初に担当したのは人材育成。採用は担当していたものの育成は初めての経験でしたので、多くの人に聞いたり、他社の事例を調べたりしながら、ゼロから人材育成プランを作りました。

―全く未知の領域でのチャレンジですね。

小林氏 結果、自分が一番勉強することになるわけです。自分自身が学ぶという視点で、従業員にどのようなスキルが必要か、医師や研究者とどう対話すべきかを常に考えていました。アカデミアとの接点が生まれたのもこの時期でした。社会人と大学院で学ぶことの両立は非常にハードでしたが有意義な時間を過ごすことができたと思っています。

―長年産業界で活躍され、現在は大学教員として学生の教育に携わっておられる経験から、今、どのような人材が求められていると考えますか?

小林氏 今の社会は複雑な課題が山積しています。そのため簡単には解決できない問題が多く、より高度なチャレンジが必要とされています。
今求められている人材は、いわゆる「T型」と呼ばれる人材から更に先に進んで「∇(ナブラ)型」の人材ではないかと私は考えています。

―∇型という言葉をはじめて聞きました。どういう人材を意味するのでしょうか?

小林氏 ∇という文字の形にたとえ、横軸に幅広い知識と、縦軸に深い専門性とを持ち、様々な分野の知識を結びつけられる人材のことを意味しています。現代は何と何が結びつくかわからない時代です。一見関係なさそうな分野や点同士が結びついて、新しいイノベーションが生まれることもありますよね。イノベーションを生み出すために、「T」ではなく「∇」のように広がりを持ち、深堀りし、点と点の繋がりを見出せる。専門性を突き詰めるだけでも、浅く広い知識を持つだけでもダメなのです。

企業と大学、塾生のネットワークが未来を創り出す

―今回のG検定プロジェクトはAICにとっての新しいチャレンジかと思います。今後の展望をどう考えてらっしゃいますか?

小林氏 G検定やE資格といったJDLAの取り組みが資することは、AIのリテラシーや、いわゆるリスキニングの分野と考えています。新しい知識を習得し、マインドセットを刷新していくことが非常に重要です。
具体的な目標としては、CDLEにAICのチャネルを作りたいですね。G検定を通じて塾生が新しい知識を得るのに加え、社会やビジネスとの接点を持つきっかけとして、CDLEの存在は大きいと感じます。AICの初年度である本年はまだ60名のプロジェクトですが、今後活動を進めていき、CDLEでのAICの認知度を高めていければいいですし、第1クールでG検定を取得したある塾生は、CDLEのコミュニティでインターン先が早速決まったという報告も受けています。

―社会へのアクセスが開かれるようなイメージですね。

小林氏 そもそも、AICは「企業×大学×塾生でAIの未来を創る」をテーマに掲げていまして、社会で活躍するAI・IT人材の育成と輩出を支援するために、実社会と繋がりを重視してきました。法人企業様も日本を代表する大手企業からスタートアップまで連携させていただき、実際にビジネスで稼働している実データを用いたアイディアソンやワークショップ、実証実験なども行っています。塾生にとっては実ビジネスのダイナミクスを感じられる素晴らしい機会かと思いますし、法人会員様にとっても塾生とのパスができることを非常に評価いただいています。

―AICの活動は、大学にとどまらず、社会に開かれているということが理解できました。本日はありがとうございました。


AICが主催する「2024 AIインサイトサミット」が2024年12月2日に開催されます。Open AI Japan合同会社の長﨑 忠生社長による基調講演と慶應義塾の伊藤 公平学長によるパネルディスカッション、そしてネットワーキングを通じて、示唆と出会いに満ちたイベントです。
塾生、法人会員でなくとも広く参加が可能です。詳細、お申し込みはこちら(2024 AIインサイトサミット | AIC:慶應義塾大学AI・プログラミング学習団体)をご確認ください。

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