[G検定 合格者インタビューvol.7]ディープラーニング × 豊田市役所のDX加速
豊田市職員の井上さんは、組織内とまちづくり両面でDXを進める部門への異動をきっかけにAIやディープラーニングの学習をスタート。現在では、G検定取得に向けた部署横断のAI勉強会を開催するなど、職員の意識改革の旗振り役としても活躍中だ。デジタル庁の創設や自治体DX推進計画の策定など、行政にもDXの波が到来しているが、行政職員がG検定を学ぶ意義はどこにあるのだろうか。
G検定合格者プロフィール
G検定2020#2 合格
井上 祐策さん
豊田市情報戦略課
DXを加速させるための専門部署に異動
――G検定を受験されたきっかけを教えてください。
井上:2020年4月の部署異動です。それまでは市役所内の基幹システムの保守運用を行う情報システム部門にいましたが、新設された情報戦略課へ異動しAIやデータサイエンスの活用推進を仕事として割り振られるようになりました。ITのことはわかってはいたものの、「AIやデータサイエンスって何だろう?」というところからの始まりでした。「何もわからないものを推進なんかできない」と思い、ひとまず勉強しようと調べてみるとG検定があることを知り、挑戦を決めました。
――情報戦略課が新設された背景にはどのようなことがあるのでしょうか。
井上:新型コロナの流行前から、すでに情報戦略課ができることは決まっていました。それまで、情報システム部門や行政改革部門などがDXを推進しようとしていましたが、「専門組織を作った方がいいんじゃないか」という話が上がり、情報戦略課が設置されました。その後、デジタル庁創設の議論も活発になってきたこともあり、世間との歩調も合ってきたという感じですね。
――情報戦略課での主な業務内容は?
井上:組織全体の業務内容は、一言でいうとDX推進です。「組織内のDX」と「市民サービスの向上」の2本柱で、旗振り役を担っています。その中の役割の1つに、AIやデータサイエンスの活用推進があります。
――G検定の受験前後で、業務内容や意識の変化はありましたか?
井上:業務への具体的な影響はまだあまりありませんが、AIやディープラーニングはDX化する上で絶対に重要な道具の一つ。その認識があやふやなままではいいアイデアが出るはずがありません。やっとアイデアを出す・活用するところのスタートラインに立てたという感じがします。
G検定の学習前は、ディープラーニングやAIへの関心はあったものの、「賢くなるやつ」程度の認識で、機械学習や深層学習という言葉すら知りませんでした。G検定のレベルの知識も無く何もわからない状態のときは、何でも「これはAIでできませんかね?」という話をしてしまっていました。しかし、データを使っている以上、欲しいアウトプットはどういうものでどういうアルゴリズムを使うのか、そのためにはどういうデータがインプットとして必要なのか、これらをきちんと整理しなくてはいけません。インプットとアウトプットを必ず明確しなくてはいけないんだと理解できるようになりました。
市役所が持つデータを武器に“新価値創造”目指す
――すでに豊田市で導入されているAIやディープラーニングの事例はありますか?また、今後の活用方法として具体的にイメージしていることは?
井上:紙での申請の処理を効率的にデジタル化するために、2020年度からAI-OCRを導入しています。また、AI 議事録による議事録作成の業務効率化も行っています。
ただ、AI-OCRも AI議事録も「今まで手でしていたものを機械にやってもらう」という業務改善の色合いが強い施策ばかりです。もちろんそれらも大事ですが、「今まで人ではこんなことは全くできなかったけど、AIにやらせたらできる」という新価値創造にも取り組んでいきたいです。それには、市役所が持っているデータがとても強みになる。どこまで使っていいかという議論はもちろんありますが、市役所はどういう人がどこに住んでいるかという基本的な住民データから、健康診断のデータ、税の情報など多種多様なデータを保有しています。こういった個人情報性の高いデータは、外部に委託して分析してもらうというのはハードルが高いため、ある程度は組織内でアイデアを考えていく必要があると思っています。
また、福祉系の相談において民間企業と連携してAIを活用した相談体制の構築を進めています。これは、これまでに蓄積された相談データをAIが学習して、相談に対する適切な提案を職員・市民に提供できることを目指しています。
――「新価値創造」という視点で、具体的なお考えはありますか?
井上:アイデアレベルではありますが、“後追い”が多い現在の市役所の業務を変えていきたいと思っています。例えば、税の滞納の場合、滞納してから督促し徴収しますが、もう少し早くアプローチできれば住民にとっても職員にとっても得になるのではないかと考えています。過去の滞納情報から「こういった人が滞納しそう」とわかれば、前もってアプローチして税金を納めてもらう。もしそれが可能になれば延滞金も少なくて済みますし、事務も少なくなります。また、福祉における生活が困窮されている方へのアプローチも、現状は「相談に来られたら対応する」という後追いがほとんどだと思います。そこを少しでも早くするために、人の手では難しいけれどもAIが得意な予測や判別を使うことで、“後追い”ではなく“前のめり”な対応がしていけるのではないかと思います。
AI勉強会の開催や人事へ受験料補助の働きかけも
――周りの職員さんの中で、G検定を取得されたのは井上さんが最初だったとのこと。現在は、他の職員の方へのG検定取得推進も始められているそうですね。
井上:AI勉強会という形で、市役所内での組織内勉強会を開催しています。2021年8月までは業務外でしたが、現在では業務内で実施していいという許可も下りました。11月実施のG検定2021年#3に向けて、9・10月の2カ月間、1回1時間半ほどの勉強会を合計7回行いました。9人に参加してもらい、全員ではありませんが実際に受験し4人が合格しました。メンバーは私が所属する情報戦略課に限らず、部署横断で手挙げてくれた方が参加してくれています。
――G検定取得人数に関して、数値目標は立てていますか?
井上:具体的な数値目標は作っていませんが、イメージとしては「職場の割と近くに、自分以外の誰かも取得している」程度の割合を目指していきたいなと思っています。何かアイデアがパッと浮かんだときに、「これってどうなんだろう」と話せる相手がいなければなかなか実現までたどり着けないと思うんです。G検定レベルの知識がある人同士の方が、話が通じやすいですからね。
――G検定の受験にあたり受験料補助などはありますか?
井上:自己学習助成制度という、自己啓発に関する費用を半額補助するという人事制度が適用されます。2020年度までは適用外だったのですが、「資格費用も入れてほしい!」と人事に頼み込んでOKをもらい、2021年度から半額補助になりました。
――それも井上さんの訴えから始まったのですね。
井上:学習へのハードルを少しずつ下げていかないと、意識改革は難しいなと思ったんです。時間がない、お金がない、教材がない……など、やらない理由はどんどん出てきてしまう。時間がないについては、業務内で勉強会を行えるようにしたり、お金がない(受験料が高い)のであれば、半額補助してくれるようにしたりと、少しずつハードル下げ一歩踏み出してもらうために各方面にお願いをしました。
――人事への受験料補助の提案や勉強会の開催など、うまく周囲を巻き込んで取り組まれています。そのような土壌づくりが成功した秘訣はどこにあるのでしょうか?
井上:「少しずつ実績を作る」ことが効いているかもしれません。AI勉強会が業務内と認められる前でも、15人ほど集まってくれていました。そこで全く人が集まらなければ、そもそも「業務内でやっていいよ」というOKも出なかったと思います。いきなり「G検定取った方がいいです」「業務内で勉強会やりましょう」「資格費用を補助してください」と提案しても、「そもそもどうなの?」と止められてしまったと思います。実績を少しずつ作って「これはやった方がいいね」と納得してもらえるように進めていきました。
ちなみに、勉強会を行う以前の2020年9月から、「データサイ塩ス通信」という組織内新聞を制作していたのですが、それもじわじわ興味をひいていった要因のひとつかもしれないです。「データサイ塩ス通信」はPowerPointで資料を作り、PDFで庁内のeラーニング機能から自由に見ていい教材として月1回公開していました。いきなり「G検定があります!」と言っても「そもそもG検定って何?」と身構えてしまいますよね。データ活用やデータサイエンス、AIについて特集して徐々に皆さんの頭の中にインプットさせておいてからG検定を紹介する、という下地作りが効いていたのかもしれません。
――受け入れられやすい下地作りもポイントだったのですね。その「データサイ塩ス通信」からAI勉強会の発足へとつながっていったのでしょうか?
井上:「データサイ塩ス通信」をスタートして半年ほど経ち、閲覧者数も増加。豊田市の職員約3500人のうち、1割前後の300~500人ほどに見てもらっているという状態になり、下地作りはできてきたなと思っていました。ただ、興味を持ってもらっているところで止まってしまっているなと感じ、もう一歩先に踏み込んでもらうべく勉強会を開催しました。
――それほどまでAIやディープラーニング活用に対する土壌が広がったのは井上さんのファーストペンギンとしての役割が大きいと思いますが、周りの意識変化は感じていらっしゃいますか。
井上:とても感じています。ただ、企画を中心に担う情報戦略課の職員だけが詳しくなっても問題解決にはつながらないと思っています。市民課や債権管理課などの窓口業務があり現場課題に近い職員ほど、知識をつけていろいろなアイデアを出してほしいなと思っています。
――自治体で行政職に携わる職員の方々が、G検定を取得する意義はどういう点にあると思われますか?
井上:正直なところ、行政のやり方や組織体は世間からかなり取り残されていると感じています。10年前と比べると、銀行振込や電力会社の変更など、あらゆる手続きが今はほとんどインターネットで完結します。ただ唯一、まだ窓口に赴かなければならないのが行政の手続きです。「じゃあ次の10年後もそのままなのか」というと、それはさすがに世間も許さないですし、やっている側も「まだこんなことやらなきゃいけないの?」と思うはずです。世間の順番で言うと最後の方ですが、私たちも変わらないといけないときが来ている。その際にデータサイエンスやディープラーニング、AIは絶対に鍵となるテクノロジーなので、基礎的なことは全員知っておかなければ真の組織変革はできないのではないかと思っています。
行政のAI活用はまだ誰も答えを知らない“フロンティア”
――豊田市という組織内でDX推進に向け先進的に取り組まれている井上さんですが、逆風はなかったのでしょうか。
井上:AI勉強会などを進める上での逆風はありませんが、IT技術など新しい技術を取り入れていくことについて抵抗感を感じている職員はいるかもしれません。新しい技術を導入しても、「そんな難しいことを覚えるより、今まで通り手作業でやった方がいいんじゃない?」と思われる方が少なからずいて、そういった人たちのITリテラシーをどのように上げて意識を変えていくかは課題です。
――G検定取得後、得た知識や知見を業務に生かしていくために、どのような考え方を持つべきだと思いますか?
井上:日々の小さな困り事に対して、「この前学んだあれが使えるんじゃないか」ということをきちんと考えてアイデアを出したり実際に使ってみたりすることが重要だと思います。
ただ、行政の分野ではAIはさほど普及していないので、「ここにこういうAIを使える」や「こういう事務が楽になるんじゃないか」という答えを誰かが教えてくれるわけではありません。なので、宝探しするイメージでいいんじゃないかなと思っています。「他の自治体の事例に倣って導入する」という場合も多いですが、それ以外のところにもまだまだ宝は埋まっているはず。そのような意味で、行政自体がフロンティアでまだまだ開拓できる領域です。「世間で私が一番最初に見つけてやるんだ!」というイメージを持って取り組んでいけたらいいなと思っています。
AIジェネラリストを増やし、未来志向の組織へ
――行政手続きの完全オンライン化をはじめ、DXに向けて行政機関の皆さんは危機感を持って取り組みを加速されていると思います。豊田市の1番の課題はどこにあると思いますか?
井上:DXとはつまり“変革”なので、紙をデジタル化しただけでは不十分で、“文化を変える”ところまでいかに持っていくかが課題です。IT化・AI化によって生まれた空き時間を、もっと良いサービスを提供できるように使えるようにするなど、未来志向の意識を持つことが必要だと思います。
――最後に、豊田市のDX推進の未来と、井上さんご自身の展望について教えてください。
井上:豊田市役所は、少しずつAIジェネラリストが増えてきています。さらに増やしていき、AIについての会話が普通になされるような状態していければと思っています。それは一足飛びにはいかず、オセロゼームのように地道に1個1個ひっくり返していくしかないですが、ある程度超えたら一気に「私もやる」「僕もやる」という逆転現象が起こるはずです。そのしきい値を超えていけるよう力を尽くしたいと思います。
私自身に関しては、AIジェネラリストが増えアイデアも出てきたときに、組織内でサポートできるような人材になりたいと考えています。アイデアが出たときに、「外部業者の人に依頼しましょう」となってしまうと、予算を取らないといけない、そうなると来年度になる……となってしまうと、担当者の熱を下げてしまったり部署異動の可能性も出てきたりします。ある程度のことは組織内でサポートできる人材がいた方がいいと思うので、私自身がその役を担っていけたらと思っています。