「エンジニアリングシンポジウム2020」 イベントレポート(後編)

「エンジニアリングシンポジウム2020」イベントレポート(後編・パネルディスカッション)
『AI社会実装~大企業×テックベンチャーの共創による日本のビジネス未来~』

2020 年 10 月 16 日、教育会館一ツ橋ホールで開催された一般社団法人エンジニアリング協会主催の『エンジニアリングシンポジウム 2020』にて、『AI社会実装~大企業×テックベンチャーの共創による日本のビジネス未来~』をテーマに、東京大学大学院工学系研究科人工物工学研究センター技術経営戦略学教授で一般社団法人日本ディープラーニング協会理事長の松尾豊の講演と、パネルディスカッションが行われました。

今回は、後編としてパネルディスカッションの模様をレポートします。

モデレーターには、株式会社経営共創基盤 共同経営者 マネージングディレクターの川上登福氏、 パネリストには、株式会社イクシスの山崎文敬代表取締役と、AnyTech 株式会社の島本佳紀取締役会長、株式会社三菱ケミカルホールディングス執行役員 CDOの浦本直彦氏と、松尾豊理事長も加わり、大企業とテックベンチャーそれぞれの立場での現場の苦労や開発秘話、成功の秘訣から、ディープラーニングの技術を業界エコシステムに根付かせる重要性、日本の産業の将来まで、熱い議論が交わされました。


川上 )本日は、テーマのように、「変革大企業✖テックベンチャー」について、共創がどういうところ にあるのかを議論していきたい。表題になるということは、うまく行っていないからだろうかと。成功の裏には、90%の失敗やロボットの残骸があると思うが、スタートアップ側の視点で、企業と一緒にやって困ることはあるか?

株式会社経営共創基盤 共同経営者 マネージングディレクター 川上登福氏

山崎 )20 年間やってきているが 90%以上はゴミ箱行き。残念ながらロボットで現場を改善するのはうまく行っているとは言えない。原因は、つい新しい技術に夢を抱いてしまい、それを仕様に盛り込んでしまうことにある。どんどん難しい問題、この問題もあの問題も解けるようにと、お客様も我々もすごいロボットを作ろうと頑張ってしまうけれど、なんでもできる自動ロボットを作ってしまうと環境が 変わった途端に動かなくなってしまう。ロボットが 95%の確率で動いても、残りの 5%の時にどうするのか?結局人がやるのであれば、ロボットは現場では使えないと言われてしまう。つい夢をみて100 点を狙ってしまうからこそ、うまくいかなかった時には現場で活用できない、というのが苦い経験になっている。

株式会社イクシス 山崎文敬代表取締役

島本 )3-4年前にディープラーニングビジネスが立ち上がり始めた当時は、 企業からは AI 開発を我々に丸投げに近い状態で依頼いただくことが多かった。我々がまとめた提案そのままだと社内の慣習に合わず企画が通らなかったり、その一方で企業の担当者がご自身ですべて提案を作成する場合はAIの課題やリスクが盛り込まれず結局稟議が通らないことが多かった。ここ2-3年は、その経験から、企業側が我々をうまく巻き込んで一緒に提案書を作るとうまくいくようになっている。


川上 )大企業も、内部にDX推進室とかオープンイノベーション室などを作りいろいろなスタートアップを探してくれという依頼があるが、なかなか動かないという肌感がある。今回の山崎さん、島本さんのようにうまくいっている 2 社に対して、大企業サイドの浦本さんはどう感じるか?また、DX化が加速しない原因についてどう思うか?

浦本 )技術はスタートアップから提供いただければよいが、大企業は人と風土が一番変わらない。いかにして現場、製造部門であれば設備技術生産技術など後ろにいる実際に課題を持っている方 に、DX ってこうやって使うと良くなるよ、と分かってもらえると加速できる。そこにスタートアップがうまく入ってくれるといい。技術だけでなく課題を理解しどういう価値を生むのかを府に落としていくことが重要と思っている。DX を自分ごとにして、担当者も少しやってみて成果がでて自分たちの業務 がこんなにうまく回ると実感すると、あれもこれもやりたいとなるのだろう。

株式会社三菱ケミカルホールディングス執行役員 CDO 浦本直彦氏
東京大学大学院工学系研究科人工物工学研究センタ ー技術経営戦略学教授で一般社団法人日本ディープラーニング協会  松尾豊理事長


川上 )松尾さんは、松尾研発のスタートアップもあるので研究室の立場で見て、進んでいく大企業の特徴についてどう感じるか?

松尾 )特徴は明らか。経営者、上司の理解があり、まずやってみようとなって、やっていく中で上司 が自分の頭で理解し語れるようになっていくと、頭が働き始めて、ここはやってもコスト削減できないなど分かり始める。つまり、考え・解って・頭が働き始めるとうまく行く。上司の頭に装着され、浸透す るとうまくいくということではないか。


川上 )米中は放っておいてもガンガン進んでいく感じがするが、日本はコロナがなければもっと進まなかったろう。その差分はどこから出てくるのか?

松尾 )ふたつあると考えている。ひとつは、ユーザー企業とベンダー企業の行き来が少なすぎるこ と。使う側と作る側の攻守交代が起こらないので、一方的な知識のギャップがずっと残っている。も う一つは、インターネット産業が立ち上がっているかどうか。米中は自国内にテクノロジーをベース にした巨大なインターネット産業がある。そこではソフトウェアもデータも使うし、機械学習やディープラーニングを使いそれがお金になっているという実体験をもつ人数が圧倒的に多い。これが大きな違いではないか。


川上 )スタートアップ側が大企業の経営者に会える機会は滅多にないが、そんな中でプロジェクトがうまくいくケースはどう言う時か?

島本 )うまく行くパターンはふたつ。紹介もなく上場企業の経営者がいきなり打ち合わせに出てくるこ とがある。そのくらいテクノロジーへの期待値や課題感が大きいと、トップからのスピード感が違うのでうまくいきやすい。もう一つは、現場の担当者の方の熱量とリーダーシップがとても高い時。新しい取り組みやベンチャーへの取り組みに対する評価が会社内で高いこともあるだろうが、担当者自身がイントレプレナーになっていて、そこにうまく我々を巻き込んでくれる。ほぼ担当者で決まる。そういった担当者がいるか、或いはそういったチャレンジする人をきちんと評価する制度があるか、が大きいのではないかと思う。

山崎 )我々は、開発型ではなくソリューション型だが、新しいロボットや AI 技術を導入して現場に貢献したいと思っている。しかし、提案しても現場が忙しいからと、新しい技術の導入に興味をもってもらえないことが多い。さらに、100 点を要求されてしまい 95 点じゃ俺らの方がスゴイと見向きもされない。そんな中でも上手くいくポイントはある。

ひとつは、現場の方の力を最大限に発揮させて本業に集中してもらうために、DX の使いどころをきちんと理解してもらうことだ。 具体的に話すと、最初に現場の方々が何に忙しいのかを自分もヘルメットを被って現場に行かせてもらい、業務をよく見てみたところ、<外業(維持管理や現場施工、ヘルメットを被って巡回して点検 する業務)>と<内業(撮ってきた写真、メーターの数値を報告書の形にする、事務所に戻ってデータの整理する業務)>があるのが分かった。「現場が忙しい」と言っているが、全体の4 割は<内業 >をしていて、事務所でPCを叩いている。彼らの能力を鑑みると、スペシャリティは現場能力、つまり<外業>なので、我々が貢献するべきは<内業>であり、エクセル作業・データ整理を助けるアプローチで提案してはどうかと思った。

「ディープラーニングで自動的にひび割れを抽出し、ロボットでテクノロジーを使ってデータを取れば網羅的で取りミスもない。翌朝には、そのデータがボタン一つで自動的に報告書になって出てくる。」と提案すると、エクセルやデータ整理は嫌なものなので、便利だねと興味を持ってもらえた。実際に使ってもらえば、4割あった<内業>がゼロになるので、その時間を外業に充てることが出来、作業は1人で2倍近くこなせるようになる。老朽化する現場の作業でも、効率が良くなり1現場あたりのコストが 半分になる。

そして、現場の方々にこのような成功体験を持ってもらった上で、彼らにメリットがある見せ方で、そこにAIやロボットなど新しい技術をちょっと使いましょうよ、と提案する。ディープラーニングはすごい から全自動で出来ないかとか難しいテーマをもらうことが多いが、全自動ではないディープラーニングの導入という切り口で攻めると結構すんなり入る。現場にファンになってもらえると、現場が「欲しい」と上にあげてくれるので当然上も承認する。

しかも、データ化・デジタル化すると再利用・次の点検の時と差分が比較しやすいなど、新たな付加価値もついてくる。

新しい産業が根付きにくいのは、人の目が 100 点だというイメージがあるからだが、そういった業界 には入りやすい。このようなアプローチでサービス化を立ちあげているところだ。


川上 )大企業側からスタートアップに期待することは?また、内部でアントレプレナーシップの視点を持つ人をどのように育成していこうと思っているのか、お聞かせいただきたい。

浦本 )DX は、持続的に小さな改善を続けながら価値をあげていく・既存業務を改善することと、新しい・破壊的・非連続の業務も始めることとの両方が大切だ。DX は継続的に価値を出し続ける道筋、 ジャーニーだと思う。現場に飛び込むのは大事だし、スタートアップの方には、すぐに結果はでなくても付き合ってもらいたいし、技術に対する想いが強いので、それに触発され大企業側の人材も一 緒に育っていけたら良いと思っている。


川上 )最後に、どんどん進化し続ける中、松尾さんが見る次の可能性について。日本が勝っていくためにはどうしたら良いのか?

松尾 )「世界モデル」と言う技術が出てきている。これが次に重要になってくるだろう。これは、DL を ベースにして三次元的な構造、何らかの現象の背後にある低次元の構造を見つける技術、DLをベ ースにつくることができると、現実世界のロボット・機械、いろんなものの活用に生きてくる。設計や言語理解にもインパクトがある可能性がある。これが次の大きな山ではないか。マラソンに例えるなら何とか先頭集団について行って、トラックに入ってから一気に抜け出せるか、つまり、そこに向けていかに技術力を高めておけるか、今のうちに技術のキャッチアップを進めておくと良いのではない かと考える。

川上 )クロックが短くなっている、ということに尽きるのではないか。いかにしてスピードをあげて意思決定をして、スピード感あるスタートアップの成長をいかに取り込んでいくか、ということだろう。


およそ 90 分の中に、松尾理事長からのディープラーニングの現状と企業の AI 実装への提言、大企業とテックベンチャー双方の登壇者の生の声での具体的な課題や成功秘話が盛り込まれ、これからの日本の未来を見据えた重厚な内容でした。また、私達はこれから技術に対して何を学びどう活用していくかを考えるうえで、沢山のヒントが散りばめられていた講演・セッションとなりました。


レポート前編はこちら
https://www.jdla.org/events/2020111101/