2025年までに2,000人のDXリテラシー社員を育成。東北電力が推進するロードマップとは

「よりそうnext」を中長期ビジョンに掲げる東北電力株式会社(以下東北電力)。「東北初の新たな時代のスマート社会の実現に貢献し、社会の持続的発展とともに成長する企業グループ」を目指し、デジタル技術やデータを活用したイノベーションや業務プロセスの変革、その根幹を成す人的資本の強化を重点テーマとして取り組んでいます。グループ全体におけるDX戦略の企画立案と実施を担うのは、コーポレート部門に配置されるDX推進部です。2023年から「DX人財育成戦略」を本格的に開始した東北電力が、G検定およびE資格をどのように活用しているのでしょうか。DX推進部 部長の阿部克之氏をはじめとする東北電力DX推進部の方々に伺いました。

Profile

東北電力株式会社 DX推進部 部長
阿部 克之あべ かつゆき

東北電力株式会社 DX推進部 主査
柏葉 宏紀かしば ひろき

東北電力株式会社 DX推進部
相馬 裕則そうま ひろのり

東北電力株式会社 再生可能エネルギーカンパニー 水力部 主査
金子 克博かねこ かつひろ

グループの成長・変革を実現するドライバーとしてのDX推進

東北電力グループは、DX推進に3つの方針を打ち出しています。

  1. デジタル技術とデータを活用しエネルギー事業の価値向上を実現する
  2. お客さま視点の新たなビジネス創出とDX関連事業を強化する
  3. 一人ひとりがDXを自分事ととらえグループの成長と変革にチャレンジする

なぜ東北電力は、DX推進をグループ全体が変革に進むためのドライバーと位置づけているのでしょうか。その背景と現在地について、阿部様にお聞きしました。

―DXの推進に取り組まれている背景を教えて下さい。

阿部氏 東日本大震災以降、電力業界を取り巻く環境は大きく変化しており、特にここ数年は燃料価格が急騰し、電気事業は時として逆ざやにならざるを得ない状況などに直面してきました。
当社の使命は、電気・エネルギー事業を中心に展開する事業者としてボラティリティが高い状況や自然災害などの不測の事態においても、お客さまへ安定した電力供給を果たすことです。国内外の様々な要因や問題を鑑みて、経営としての強い危機感が、変革を志向する背景として存在しました。こうした背景の下、それぞれの事業が変革を続けながら自律的に収益・成長を追求し、イノベーションなどを通じた既存事業の強化・拡張や新たな事業領域の拡大など、グループ全体で成長へチャレンジすることとしており、この事業変革や持続的な事業展開を支える戦略として、DX推進に取り組んでいます。

東北電力 DX推進部 部長 阿部 克之氏

―そのなかで、DX推進部はどのような位置づけですか?

阿部氏 私たちはこれまで情報通信部門として、いわゆる情報システムにおける技術的な支援を全社に対し行なってきました。しかし、事業環境の変化に対応するためには単なるIT活用の域を超えてビジネスモデル自体を変革する必要があるという認識から、情報通信部をDX推進部とし、経営直轄の組織に位置づけ直す組織改編を行いました。DX推進部は部門の壁を超えて変革を進める役割を担う組織である。そう位置づけることは、経営ビジョンを実現するための強いメッセージでもあるのです。

―DXを実現するために、どのようなプロセスを進めていますか?

阿部氏 DX推進部を立ち上げたからといって、すぐにDXが実現するわけではありません。東北電力グループではDX推進方針に基づいた具体的な施策を展開するため、「DX実現に向けたロードマップ」を策定しています。

出典:東北電力グループDX推進の取り組み

阿部氏 「DX実現に向けたロードマップ」には3つのフェーズがあります。1つ目は「推進基盤構築」で、レガシーシステム刷新の計画化やDXプラットフォームといったシステム系と、AIやデータ活用に関わる知識やスキルの習得・実践という人財に関する基盤を整えていくフェーズです。2つ目は「DX施策の順次展開」として、部門横断のDXプロジェクトの立ち上げ、データ活用拡大と適用、新規ビジネス創出・DX関連の事業化などを視野に入れており、現在はその真っ只中です。3つ目のフェーズは2025年をスコープに「DXの定着化」を図ることで、次のステージに向けてステップアップしていきたいと考えています。

―DX推進部は、そのロードマップを進める中核部門ということですね。

阿部氏 まさにドライバーとしての役割を期待されています。しかしDX推進部だけがDXに取り組んでいては、当然ですがDXの実装と定着は不可能です。そのために私たちは「DX人財育成戦略」を策定し、グループが求めるDX人財を「デジタル技術とデータで、事業運営に新しい価値を創造し、変革に果敢に挑戦する人財」と定義しています。

2,000人のDXリテラシー社員を育成する教育プログラム

東北電力グループの「DX人財育成戦略」では、2025年を見据えたデジタル人財の育成強化として、ITのエンジニアリングスキルやリテラシーの高い人財を対象としたDX採用枠の設定や、グループの全従業員がDX推進に主体的に取り組み、挑戦し続ける企業マインドを醸成するため、役割に合わせた研修を実施していくこととしています。

出典:東北電力 サステナビリティレポート2023

「DX人財育成戦略」はデジタルリテラシー協議会が提唱する「Di-Lite」(https://www.dilite.jp/)の体系を参考にしながら、DXリテラシーの全社的な底上げを目的としています。具体的には「ITパスポート試験」と「G検定」の資格取得の推進や、東北電力がzero to one社と共同開発したオンライン講座「社会課題・ビジネス課題解決のためのデータリテラシー講座」を活用した教育の受講などにより2025年度までに2,000人を育成することとし、多角的なスキル強化を図っています。

現場はどのように変わっているのでしょうか。DX推進部の柏葉氏、相馬氏と、実際にG検定を受験、資格を取得した水力部の金子氏にお話を伺いました。

―「DX人財育成戦略」の具体的な内容について教えて下さい。

柏葉氏 「DX人財育成戦略」では4つの「DX人財像」を設定しています。全社のDX戦略を担う「全社DX推進者」、技術面での専門性を持つ「高度データアナリスト」、各部門でDXを推進する「部門DX推進者」、そして現場でDXを支える「DXリテラシー社員」です。この4段階の育成体系に基づき社内のDX人財育成を進めるとともに、各役割で求められる資格や受講すべき教育を定めて社員に見える化することを目的に、2024年3月からDX人財認定プログラムを本格展開しています。

東北電力 DX推進部 主査 柏葉 宏紀氏

―「DX人財像」それぞれの役割について、詳しく教えていただけますか?

柏葉氏 全社DX推進者と高度データアナリストは、主にDX推進部に配属され、グループのDX戦略の立案から技術導入までを担います。部門DX推進者は、各事業の戦略に基づき部門のあるべき姿に向けてDXを展開する要となり、DXリテラシー社員は部門DX推進者と協力しながら、現場での実践を担う存在です。特に重要なのは各層の連携です。それぞれが独立した取り組みにならないよう、この4層がしっかりと連携することを重視しています。
スキル面では、G検定はDXリテラシー社員に、E資格は高度データアナリストや全社DX推進者への取得を奨励しています。特にE資格についてはAIの実践的な活用を担う人財の証として価値が高いと言えるでしょう。

―G検定を取得している方はどれくらいいらっしゃるのでしょうか?

柏葉氏 東北電力および東北電力ネットワークの両社で100名程度がG検定の資格を取得しています。(注:2024年1月時点)。

G検定取得から広がる、部署を越えた学び合いの文化

―金子さんは、実際にG検定を受験されたそうですね。経緯について教えていただけますか?

金子氏 私は、水力発電所の担当として、IoTやドローンの導入といったデジタル技術の活用を進める立場にあります。受験した経緯としては、最近メーカーさんとの打ち合わせの際に生成AIの話題が頻繁に出てくるのですが、正直なところ会話についていけないことが多く、基礎知識を身につける必要性を感じていました。

東北電力 再生可能エネルギーカンパニー 水力部 主査 金子 克博氏

―金子さんはITパスポートもお持ちとのことですが、G検定との違いを感じましたか?

金子氏 G検定の受験を決めてからの学習初期では、ITパスポートを持っていたこともあり、比較的容易に取得できると思っていましたが、模擬テストを受けてみて、思い違いを痛感しました。特にAIの基礎理論や再学習の概念など、これまで習得した知識では太刀打ちできない内容でした。模擬テスト以降はしっかりと学習し、本番の試験に望むことができました。

―実際の業務で、G検定は活きていますか?

金子氏 資格を取得してから最も大きく変化したのは、水力発電所のDX推進業務ですね。現在、私たちは203ヶ所ある水力発電所の運用効率化に取り組んでおり、例えば山間部の発電所では通信環境を構築し、遠隔からの監視やオンラインコミュニケーションツールなどを活用した情報共有を実現しています。今回の資格取得により、次のステップであるクラウドによるデータ蓄積やAI分析などが見えてくるようになりました。
また、設備巡視や点検に使用するため、ドローンも導入しています。以前は「新しい技術を導入すれば良い」という漠然とした考えでしたが、G検定で学んだことで、データをどう活用するか、どのような価値が生まれるのかを具体的に考えられるようになりました。
メーカーとの打ち合わせでも、画像解析やデータ活用についてより具体的な提案を理解し、議論ができるようになっています。「こういったデータを集めて、どう分析すれば、どんな予測ができるか」といった踏み込んだ会話ができるようになったのは大きな変化だと感じています。

―水力部でのG検定取得者は増えていますか?

金子氏 本店の水力部約50名のうち4名が取得しています。ドローンや画像解析システムの導入など、デジタル技術の活用を推進するメンバーが中心です。最近は資格取得者に触発されて「自分も受けてみようかな」という声も聞くようになりました。

―学習面で工夫されたことはありますか?

金子氏 オンライン教材、特に動画による解説が私には非常に役立ちました。文字だけでは理解しづらい概念も、動画で説明されると格段に理解しやすかったです。また、実際の活用事例が豊富に紹介されていて、自分の業務と結びつけて考えることができました。実践的な学びという側面で、大きな助けになりましたね。

―DX推進部ではどのように受講者をサポートされているのでしょうか?

柏葉氏  G検定の資格取得に向け、オンライン学習教材などの学習および受験に係る支援を行っています。また、各部署の繁忙期が異なることを考慮し、受講者の業務状況に応じて学習できるオンライン学習教材を選定していることに加え、G検定の受験機会を11月、1月、3月の3回設けているのも特徴です。
加えて、社内のDXに関わる教育は、「DX推進連絡会」を通じて社内の組織間でその内容や趣旨の共有および受講促進に向けた発信を行っています。

―「DX推進連絡会」とはどういったものですか?

相馬氏 各部署にDX推進担当者を配置し、定期的に連絡会を開催することで、教育メニューの紹介や受講促進だけでなく、部署間での知見の共有も図っています。特に成功事例や課題の共有は、全社的なDX推進において欠かせないと考えています。

東北電力 DX推進部 相馬 裕則氏

―部署を超えた情報共有について、具体的な事例はありますか?

金子氏 社内のDX推進連絡会などで非常に活発に情報交換がされています。例えば、先ほどのドローンの活用や通信環境の改善について、同様の課題を持つ土木建築部、火力部および送電部門と、DX推進連絡会やチャットを活用し、情報交換することがあります。「うちではこんな使い方をしている」「こういう課題にはこう対応した」といった実践的な知見の共有は、とても参考になります。
特に印象的だったのは、ある部署での成功事例がきっかけで、水力部でも類似の取り組みが始まる事例があったことや、水力部でのドローンや電波改善などの取り組みについて他室部と情報の連携をしたことです。DX推進連絡会などで知り合った人を通じて、直接実施している室部の担当者にアドバイスを求めることもあります。

相馬氏 今後は、社内のコミュニティをさらに広げていきたいと考えています。年代を越えるのはもちろんのこと、組織の枠組みをも越えて、東北電力本体に限らず、グループ全体への展開を計画しています。

―今後の展開についてはどのようにお考えですか?

柏葉氏 資格取得はあくまでスタートラインだと考えています。現在、DX推進連絡会などの社内コミュニケーションの場においては、様々な部署からの発言があり、活発な意見交換が行われています。こうした部署を越えた学び合いの文化を、さらに発展させていきたいですね。
実際に、各部署のDX推進者や資格取得者が中心となって新しいDXプロジェクトを立ち上げるケースも出てきています。DX推進部として、そういった動きを積極的に支援していく予定です。

失敗も共有し学びに変えて、変革マインドを根付かせる

―DX推進方針では「デジタル技術とデータを活用しエネルギー事業の価値向上を実現する」と掲げられています。根幹事業であるエネルギー事業にはどのような価値を、DXは提供できるとお考えですか?

阿部氏 大前提として、電気というエネルギーは、一企業の事業にとどまらず、社会全般に関わるイシューです。私たちは社会インフラを支える重要な基盤を絶えず提供する役割を担っており、これまで幾度となく地震、水害、雪害などの自然災害にも立ち向かってきました。当社の先輩方は、こうした電力の安定供給に強い使命感を持って、技術力の向上と安全・保安確保に向けた取り組みを重ねてきており、そのDNAを今に受け継いでいます。それゆえ、新しい取り組みを実行する際にも、電力の安定供給を維持していくため、当然慎重にならざるを得ません。しかし、それは単に保守的であれば良いということでも決してありません。
一例をあげれば、スマートメーターから得られるデータの活用はむしろ安定供給の質を高める可能性を秘めています。需要予測の精度を上げることで、より効率的な電力供給が可能になると考えられます。デジタル技術を正しく活用することで、電力ビジネスは大きく変わるポテンシャルがあります。リスクを踏まえつつ、チャレンジするところは攻めるといった「バランス」がポイントになります。
安全面やコンプライアンスに関わる部分はしっかり守り、慎重に対応する必要がありますが、新しい取り組みには失敗がつきものですよね。重要なのは「学び」です。

東北電力 DX推進部 部長 阿部 克之氏

―まさに変革マインドが重要になってきますね。

阿部氏 DXも教育も、熱意を持って進めて、周りを巻き込んでいくことが必要です。そういった実践ができる場を提供するのが私の仕事です。現在、DX推進部では比較的若い年代のメンバーが課題感を持って積極的に動いてくれています。そういったメンバーの想いが花を咲かせ、結実するような機会をしっかりとつくりたいと思っています。
今はまだ始まったばかりで道半ばですから、DXもデータ活用も実践は試行錯誤で、PoCやトライアンドエラーを繰り返しながら進めているところです。取り組みの実例や、当然失敗談も含めて社内で共有することで、変革のマインドセットを根付かせる。きっかけを提供し続けていく風土が醸成できるのではないでしょうか。

―2025年に向けての展望をお聞かせください。

阿部氏 2025年までに2,000人のDXリテラシー社員を育成するという目標は、単なる数値目標ではありません。様々な部署でDXの芽が出始めています。こうした変革の動きをグループ全体の力にして、東北・新潟地域の持続的な発展を実現する。それが私たちの描く未来像です。電力の安定供給という基本的な使命を守りながら、DXを推進した新たな価値創造に挑戦してまいります。

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